奇会的光陰観測

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 衣替えの時期だ。わたしは久しぶりに冬服に袖を通した。ブレザーが重く感じられた。中学生の時も夏服から冬服になる時は同じことを思った。
 今年は随分、暑さも落ち着いている。残暑が厳しいなんてことはなく、過ごしやすい秋だ。
「メーコ姉、洗面所空いたよ」
「ありがと」
 年子の妹、文子がドア越しに声をかけた。模試の結果が良かったらしく、ここ数日笑顔だ。
 わたしは返事して、洗面台に行く。
「今日帰りにイラさんとこ寄ってこうかなぁ」
 有也と一緒に。そろそろなんかしようよと声をかけたい。清にぃは最近図書室でよく見かける。大学進学と実家の仕事を両立させる必要があるのだと、いつだか話していた。
 紫条家は大きな会社を持っているようだが、どんな事業を展開しているのか、イラも清にぃも教えてはくれない。後ろ暗いことなんだろうか。
 学校へ行く準備をして家を出た時間は遅刻ぎりぎりだった。昇降口の前で走ることになった。最近多い。
 教室に入って教科書を出しているうちに朝のホームルームが始まり、一時間目、わたしは寝てしまった。あの淡々とした声がどうしてもだめなのだ。教科担当のせいにしてもしょうがないのだが。
 瞳子は、いない。今日も机に花が置かれている。瞳子がいつも通り話しかけてくることはないのだ、と何度も思った。死者のうちに瞳子は入っていない。まだ実感がわかない。
 放課後、地学室に寄らず、有也と帰ることにした。わたしは部活に入ってはいるが、そもそも地学部はあまりまじめに活動していない。
「澤村、イラさんとこ寄ってかない?」
「そういや最近行ってなかったな」
 イラは、清にぃの実弟、わたしや有也と同い年で、御堂高校に通っている。わたしたちの通う白陽高校の近隣だが、それなりに距離がある。
 イラは不思議というか変人で、普段は紫条ビルの屋上のプレハブ小屋にいる。高いところが好きなのかは分からないが、親の会社のビルの屋上でわざわざ寝起きする必要はないと思う。きちんと清にぃと暮らす家もあるし、紫条ビルの上数階は宿泊のできるホテルになっているのだ。
 なのに、プレハブ小屋にいる。
 紫条ビルの屋上へと続く階段を上りきった。ドアを開ける。プレハブ小屋に電気が点いてはいない。
「あれえ? 珍しくイラさん不在?」
 有也も中に入る。そもそもあっさりドアノブが開くのがおかしい。そして、住人の姿がない。
「下のコンビニにいたとか?」
「いない時はあいついつも鍵かけてるだろ。だからなんかあったんじゃないか? また事件起こしてるとか」
「良いなあそれ」
「良くねぇ。ともかく探して……」
 有也のスマホが鳴った。家からのようだ。
「もしもし? え? は? い、いや、うん、その……友達の友達だよ。紫条っていうんだ。ってなんであいつ名乗らないんだよ。うん、うん、分かった。じゃあ」
 わたしには事態が読めてしまった。
 イラは澤村家にいるらしい。
 でもなぜ?
 有也は通話を切ると、わたしに向き直りため息をついた。
「イラさん、なんで澤村の家にいるんだろう?」
「俺が知るかよ。母さんも母さんだ、『ご子息の友人です』しか言わない奴を家にあげるなっつーの。挙げ句自分の名前忘れたとかほざくし」
「なんかイラさんらしいね」
 わたしが笑うと、有也は「笑いごとじゃない」と顔をしかめた。
「ともかく俺は一回帰る。イラが何したいんだかさっぱ」
「わたしも行って良い?」
 有也はかたまった。
「え? 瞳子と一緒に行ったことあるから、場所は覚えてる。だってイラさんがいるんでしょ? 気になるじゃない」
「いや、でも、」
「その時澤村のお母さんに不束ながら彼女ですって挨拶してきたし」
 有也の顔が赤くなっていく。わたしまで赤くなってしまった。さすがにこれを言うのは恥ずかしい。
「いつだか母さんが上機嫌だった日があったな、そういえば。そういう理由か。今更だ、行くなら行こう」
「はーい」
 わたしと有也はバスに乗って澤村家へ向かった。
 着くまでわたしも有也も終始無言だった。おそらく、とわたしは思う。プレハブ小屋にはメモ書きがあったのだが、有也は気づかなかっただろう。イラの端正な字でこう書かれていた。
 青柳黎明の開発薬→半永久的睡眠
 ……と。
 青柳黎明はたぶん人の名前で、半永久的睡眠に陥るのは他でもないイラ自身だろう。イラの未来記は近未来も遠未来も関係なく書かれるようだが、イラにはそれがいつ起こるのか分かるようなのだ。
 数日中、なのだろう。それでイラは逃げている、というわけだ。研究所が絡んでいるのかな、までは考えすぎだろうか。
 澤村家に着いた。