奇会的魔女観測

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 うまくいくか分からないけど、だからやってみようと思わない?
 確か瞳子がそう言ったのだ。わたしはバス停の前まで来ていた。清にぃのようにテレポートできるわけでもなく梨希のように空を飛べるわけでもない。ただ良く考えてみれば簡単で、2階から誰にも知られずに下りると現在記すれば良かったのだ。
 ただこの現在記の弱点は効果が3分程度しか持続しない点だ。この前も何回か書いて15分くらいの時間姿を見えなくしたが、連続は辛いものがある。
 だから家を出た後はひたすら走っている。
 昼日中だからか、人通りは少ない。
 白陽連続殺人事件に誰もが恐怖している。街でさえも。
 さすがに疲れてきて、わたしはショーウィンドウに手をつき背中を曲げた。息が荒い。麗らかな春の日だというのに汗をかいている。
「やってみようなんて思わないよ瞳子」
 いつだか、言っていた。わたしはその時と同じことを呟く。
「でも清にぃはどこまでいけたのかな。更科さんが情報開示しなかったら何も分からないと思うけど。イラさんだって口割らないだろうし」
 わたしは再び走り出す。休んでいる暇などない。移動時間が1番かかるのはわたしなのだから。
 駅が見えそうな位置まで来た。目的地はすぐそこだ。紫条ビル。もちろん偶然の一致ではない。紫条清和の父が所有するビルである。見上げても屋上の様子は分からない。
「おっと、ここになんの用があるのかな?」
 ぎくっとして、しかし平静を装ってわたしが振り向くと、長身の男性が立っていた。そう、1度だけ会ったことある、未来記のイラだ。
「あなたが召集かけたと思ったけど?」
「ワタシがそんなことするわけないじゃないか。キミや清にぃと違ってワタシは非犯罪者だからね」
「あんまり信じられないんだけど……」
 御堂高校1年生、清にぃの弟。名前が自然と出てきた理由は分からないが、どこかで会っているのかもしれない。
 本を全て読み終えるとふらりと消える。ああ、清にぃがいつだかぶつぶつ言っていた。
 図書室で新聞を読むのはもちろん、授業中、なんの気もなしに帰ってしまうことよくあり。小学生の時からそんなかんじだと清にぃは言っていた。
「ずっと気になってたんだけど、名前呼ばれるの嫌いなの?」
「あぁ。自分が定義されてるみたいだから」
 確かに珍しい名前ではある。
「イラさんって呼んでるよね、みんな」
「そうだね。キミのことはメーコさんでいいのかな?」
 わたしは頷いた。
 奇会都市が全員集まって何をするのか、彼なら知っていると思っていたのだが。わたしの読みは見事に外れた。受付は顔パスで、エレベーターで5階まで行く。そこから階段を上って、ドアを開ければ風が髪を、服を、なぶっていく。
 屋上にプレハブ小屋があった。
 唐突に現れた影は梨希のものだ。
「他の人は?」
「新参者と話してる」
 清にぃがここに来る可能性はないのだろうか。

 

 あまり長く外にいるわけにもいかず、わたしはすぐ家に帰った。梨希は大学の単位が取れるか分からないとかで一生懸命レポートを書いていた。さすがにまずいと思ったのかひとり早々と帰ってしまった。もうふたりは師匠と弟子だとか言って遊んでいた。
 刃物は危ないと思う。
 本日2回目、清にぃから電話があった。家にいるか確認したかったらしい。
 清にぃは本当にお人好しだ。
「芽衣子、電話~」
 階下から、母の声。スマホではなく家にかけてくるということは相手の予想はついている。わたしがもしもし、と電話に出ると、
『こんにちは。在宅じゃなかったらどうしようかと思ったよ』
 どうしたのかあまり考えたくない。わたしは苦笑いする。
「雪村さん、どうされたんですか」
 電話先から苦笑がする。
 いや、どうされましたも何も5人目が出たことはわたしも知っている。
『テレビ見てないのかな?』
「怖くて」
『5人目の被害者は白陽高校の1年生でね』
「はい」
『更科梨希さんとも紫条清和さんとも面識がある子ではなかったよ』
 梨希はともかく、清にぃにまで捜査の手は伸びているらしい。梨希の近辺を探れば出てこないこともないだろう。清にぃともその弟とも認識があるのだ、梨希は。
 え?
 司はどうして彼のことを掴んでいないのか?
「それでわたしに何を? 今日はずっと家にいましたから分かりませんよ。その被害者のことも今知ったくらいで」
『では貴女を今日目撃したという人は嘘をついていることになりますね』
「え?」
 わたしは悔しかった。見られてた見られてた見られてた見られてた見られてた見られてたなんて!
『午前10時34分、紫条ビルの前にいませんでした?』
「人違いだと思うんですけど?」
『俺の見間違い、か。そういうことにしておきましょう』
 目撃者は司だった。
 あの言っていたことも聞かれていたのだろうか。さすがにイラが誰なのかは分からないと思う。
「雪村さん、」
『話してくれる気になったかな?』
「わたしに情報はありませんよ。敢えて訊くとすれば、」
 今後の参考になるかもしれない。わたしは思い切って訊くことにした。
「清和さんの家族構成を教えてください」
『ひとり暮らししてるみたいだよ。ご両親は紫条建設って会社をやってるね。兄弟はいないみたいだ』
「そうですか。ありがとうございました」
 血の繋がりがないのだろうか。イラは。わたしは内心首をひねったが、別の意味で司は首をひねったらしい。
『貴女と紫条くんは小学校から高校に至る今までずっと同じ学校にいるよね。なんでそんなこと訊くのかな? 本人に訊けばいいんじゃないの?』
「不思議に思ったんです。面識はありますけどそういう話全然してなくて」
 それは、事実。
『そうか』
「きよ、……紫条先輩から弟がいるとかいう話を聞いたことがあるんですけど」
『そんなデータはないよ』
 本当に驚くと言葉を失ってしまうものらしい。わたしの沈黙に司は、
『勘違いかもしれないよ』
 隠匿されている、らしい。
 それから少し話して電話を切り、わたしは呟いた。
「どうなってるの?」
 イラの未来記の影響だろうか。