奇会的魔女観測

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 清にぃが一生懸命パソコンと格闘していたから、ワタシもやっていることは大体想像がついた。
「ワタシたちの情報をネットでまいても意味ないと思うよ」
 遅い夕飯を食べながら、ワタシは清にぃの背中に言葉を投げる。清にぃは椅子の背もたれに背を預けて、胸をそらした。
「そうかい?」
「メーコさんが関わってるとしたら、現在記で目撃されずに済むじゃないか」
「違うよ。俺は他のメンバーがここに来ないか見張ろうとしてるんだよ」
 確かにそれは良い手かもしれない。けれど一体残りのメンバーがパソコンを持っているのかは謎だ。
「みんなそういう安い手には乗らないと思う。面白がってやりそうな奴ならいるけど」
 相手はワタシと清にぃの繋がりを見破った上で書き込んで来るだろう。さまざまな情報が交錯する清にぃの大掲示板なのだから。知らないはずがない。
「清にぃ、何が知りたいんだ?」
「取り敢えずおまえの持ってる情報の開示を要求するね」
「で?」
「ああ、止める」
 止めてどうするんだ。ワタシはあきれ顔で清にぃを見た。清にぃは表情を変えていないか、三日月の笑みを浮かべていることだろう。
「よく考えてみろよ、裏でこれを眺めてる奴が絶対いるぞ?」
 くつくつと清にぃは肩を震わせて笑う。
「そいつに刃を向けずしてどうするんだ?」
「考えてることが同じなら協力のまちがいじゃないか」
 あぁ、やってられない。ワタシは本を読み始める。らしくないと言われそうな今の清にぃだが、たぶんこっちが素なのだと思う。
「痛くない腹の探り合いも楽しいじゃないか」
 訂正する。
 きっとこの人は策を張るのが楽しくて楽しくて堪らないのだ。

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 もう起きなきゃ、とわたしがベッドに上半身を起こしたのは8時半。
「えっ嘘ぉ」
 今頃虚しく鐘が鳴っていることだろう。3、4時間しか寝ないという苦行はやったことがなかったので、本当に慣れない。今日は休もう、と思ってわたしは思い出す。
 今日って土曜日じゃなかったっけ?
 そういえば階下から複数の声がする。この時間なら父や妹は職場や学校に行って、母ひとりしかいないはずなのだ。騒がしいわけがない。
 もう1度寝直そうと思ったところで、妹が下から呼ぶのが聞こえた。そろそろ起きないと朝ごはん抜きだそうだ。しょうがなく眠い躯を引きずって着替えて階段を下りた。
「昨日何時まで起きてたのやら」
「うー」
 朝から母の刺さる小言を聞きつつ、わたしは朝食を取る。妹は部活に行くらしく、玄関でいってきますなんて言っている。わたしと母とがほぼ同時にいってらっしゃいと言った。わたしは味噌汁で顔を洗いそうになりながらも朝食を済ます。
 母はテレビを見ていた。
 見慣れた校舎の風景が映し出される。液晶の向こうにあるというだけで、日常の光景がこんなにも遠い。地学室の辺りにリポーターはいた。
 他人事のようにわたしは思う。ああ、しばらく部室入れないな。
「ここで被害者の安音響輔(やすねきょうすけ)さんが殺害されているのが発見されました。警察の見解では――」
 あれ、とわたしは思う。あの地学の教師は安音と言うのか。顧問とはいえ滅多に部活中顔を出さないので名前までは知らなかった。もうひとりの顧問は化学の教師だが、こちらはよく会うのでしっかり覚えている。
「生徒だけじゃなくて先生まで狙われるなんてね。白陽高校になんの恨みがあるのかしら」
 ないよ。
「明後日、学校休みかな」
「やったとしても何人来るかしらね。授業中だったんでしょう?」
 わたしは頷く。
 そういえば梨希は見計らったかのように現れた。何か用事でもあったのか。それとも清にぃの言う通り、清にぃが何かしようとしたがために現れたのか。あの普段なら絶対見せないであろう姿は後者である根拠になるだろう。
「全く物騒な世の中ね」
 娘の汚れた手を知らずにひとつ屋根の下で暮らす母親にはぴったりなセリフだった。
 けれどほんの数日前、今週の最初の日、日曜日にはわたしも同じことを考えていたのだ。どこか遠い、テレビの中の出来事。活字の向こうの出来事にスピーカーの向こうの出来事。それらは現実感なんてなくてドラマ化された三文小説だった。目の前で起きた万引きに、全く世の中物騒になったものだとわたしは思ったのだ。
「もちろんどこかに行こうなんて思ってないでしょうね」
「やだよ怖いもん」
 わたしは朝食を食べるとベッドの中にもぐり込んだ。太るわよ、という母の声も残念ながら聞こえなかった。
 電話が鳴ったのはわたしが寝入りを決めて1時間ほどの頃だ。ベッドに入ったまま電話を取り、返事する。寝ていたせいで声が裏返ってしまった。
「え、誰?」
 わたしは目を見開く。電話口で女性がもう1度名前を繰り返した。
「――そうなんだ。ってことは、清にぃがもうすぐ電話してくるってことね」
 電話口でにこやかに肯定の声がした。
「分かった。ここを、動きません」
 言うが否や、わたしは電話を切った。
 なんでも、白陽連続殺人事件の五人目の被害者が出たそうだ。というか、出したからよろしくと犯人から電話がかかってきた。たぶん彼女の足元には遺体が転がっていることだろう。現在記しようか、と提案すべきだったかもしれない。
 寝起きのせいで頭がうまく動かない。
 しばらくして電話の画面が光った。コールがほとんどない状態で取る。息せきった様子で清にぃの声がした。
「警察も悩んでる、んですか」
『うん。更科が犯人だって進言したんだけど、警察もそうだと思ってるみたいだけど、証拠不十分で警察も歯がみしてるって』
「ところで、清にぃ」
『知ってるさ俺今現場の半径20メートル以内にいるから。5人目だってね。被害者はメーコちゃんのクラスメイトみたいだよ』
 なんだろう。やはりわたしは酷く落ち着いている。不思議だと思う。奇会都市のメンバーに言わせれば「覚醒」なんてそんなものだと言った。がらりと全てが変わってしまうのだと。
 性格も思考も癖も行動も。何もかもが。切り替わってしまうのだと言う。
 正確には元に戻るのだそうだ。
「……そうですか。更科さんには、会ったんですか」
『いや。雪村さんには会ったよ』
 あのヤクザまがいの刑事には会ったのか。むしろ清にぃと司は面識があるのか。わたしは事情聴取を思い出して、苦笑いする。清にぃが苦笑しているところを見ると、そうか、事情聴取を受けたのだろう。
『あの人の中でメーコちゃんは灰色みたいだね』
 思わずわたしは間抜けな声を上げてしまった。素直にベッドから出て、灰色、と訊いた。
『黒ではないけど、何か知ってるんじゃないかとは思ってるんだろうね』
 手強い相手だ、司は。時計は9時50分を指している。
「警察に全ての情報を開示する気はないんですが」
『俺にもないわけだ?』
「ありませんね」
 わたしはしれっと即答する。
『良いけどね……俺も犯罪者だって通告する気はないしな。正直今回も警察の世話にはなりたくなかったんだけどね』
「厄介なことになってますから」
『うん。じゃあね、外出して危ないことするんじゃないよ』
 清にぃはわたしの返事を待たず電話を切った。
 わたしはこう答えるつもりでいた。約束できませんね、と。そもそも接点を必要以上に作ってはいけない。奇会都市という集まりは歴史に名を残す気などさらさらない、秘密結社なのだ。
「どうにかしてくれると良いんだけどなぁー」
 わたしの呟きはコール音に掻き消された。画面を見てわたしは驚く。今の時間にかかってくるということは、即ち奇会都市の誰かか、清にぃか。他の誰かが電話してくる可能性はほとんどないと思うのだが。
 これはその、ほとんどないに分類して良いものか。
 嫌な汗をかいていた。わたしは深呼吸して、電話を取る。
『――なぁ、俺、どうすればいいんだ?』
 いつもは頼る人に頼られるのは、なかなか新鮮だった。

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 今日も清にぃはパソコンにかじりついていた。
「誰かから反応あったの?」
 ワタシが起きたのは10時24分だった。その時も清にぃはパソコンをしていた。何も言わず清にぃは首を横に振った。皆さん忙しいらしい。
「すぐに引っかかると思ったんだ」
「皆さん犯罪行為に勤しんでるんだよ」
「これくらいは良いだろ。おまえは連中の中に含まれるのか?」
「……一応」
 ワタシ自身良く分かっていない。ナシキはそう考えているようだが、他のメンバーはどうだろう。仲間と認識されているのだろうか。
「ワタシが良く分かってないんだよ」
「知ってる」
 断続的にキーボードを叩く音。ぱっと見たところプログラムを開発中のようだ。頭の中にタグが入っているとはああいうことらしい。それよりこの人は大学を受けるんじゃなかったのか。勉強しているのを見かけないのだが。
 曲がりなりにも清にぃは受験生だ。浪人する気はない、と思う。
 ワタシも兄の心配をしたりもしている。
「メーコちゃんがどこまで関わってるかなんだ、ひとつは」
「目撃者ってことで事情訊かれる程度」
 あー、と呻いて、清にぃはテーブルに突っ伏した。キーボードを避けたのはさすがと言うべきか。
 清にぃが言うには、事情聴取した刑事がなかなかの強者だったのだとか。とにかく人の腹を探るのがうまくて、始終にやにやしていたそうだ。神経を逆なでされるわぎりぎりまで分かっているのに焦点を外した質問をされるわ、疲れてもう二度と関わりたくない相手らしい。
 社交性豊かな清にぃが、珍しい。
「雪村さんとはもう腐れ縁だろうね」
 その刑事、雪村司にはワタシも会いたくないと思う。