奇会的魔女観測

+6+

 ワタシは教室で本を読んでいた。この本はもう、1度読んでしまっているのだが、残念なことに未来記は外れたことがない。『ナシキは10時18分、白陽高校の地学教師を殺す』。今外に出てはナシキと鉢合わせになるだろう。
 元々ワタシはナシキに会いたくはないのだ。
 校内放送が入る。時刻は10時57分。教師は即座に授業を中断し、生徒は集団下校するように。生徒がざわめく。それは喜びとはほど遠い、恐怖によるものだ。ここのところ近場の白陽高校の生徒が殺されているのは周知のこと。最初の被害者はここ、御堂高校の裏門で発見されているのだ。
「えー、静かにー」
 困ったように倫理の教師が言う。
「放送にもあった通り、諸君は十分に安全を図ってもらいたい。即刻、帰りたまえ」
 では、と恰好つけて、倫理の教師は颯爽と去っていった。生徒はしんと静まり、硬直した。ワタシは構わず席を立つと、帰ることにする。他の生徒も次々と帰り始めた。図書館へ向かう。本を返しに。本を借りに。
 ナシキに会わなければ良いのだが。そして、とワタシは気づく。白陽高校で授業中に殺人事件が起きたのだ、そちらでも生徒に下校を命じているだろう。
 弱った。
 メーコや清にぃに会うかもしれない。
 むしろそれよりも心配すべきは、奇会都市の他のメンバーに会うかもしれない。
 しかし。どうでも良いことと言えばそれまでか、とワタシは思い直す。今日は学校全体でこの時間帯に下校しているわけだから、会っても全然おかしいことはない。行く先が図書館だろうが、校外へ出るという1点においては何ら変わらない。
「他のヒトたちは何やってるかな」
 奇会都市はあまり統制が取れているとは言えない。
 個人の行動の結果が、マスコミの言う「白陽連続殺人事件」なのだから。大方今回の件に残りのふたりは噛んでいないと思うのだが――どうだろう。
 図書館で適当な本を借り、家の近所まで帰ってきた。遠くにメーコと清にぃの姿を捉えたが敢えて気にしないことにする。
「やっぱり知ってたんだね」
「はい。黙ってたのはわたしの意志です。更科さんが口止めしたわけじゃありませんよ?」
「厄介だね。味方が誰なのかさっぱり分からない」
 そんな会話が聞こえた。
 ワタシはメーコと清にぃを避けて家に帰り着く。
 机の引き出しを開けた。この前までは6枚あったはずのメモも、今や2枚まで減っている。今日の10時18分に1枚減って、2枚。
 テレビをつけると、やはり新たな被害者について報道がなされていた。この分だとまだつづくんじゃないでしょうか、とキャスターが言っていた。未来がほとんど見えない状態とはどんなものだろう。  それをワタシは知らない。
 しばらくして清にぃが帰ってきた。
「あと何人?」
 前置きなしにそう訊かれた。ワタシは考えるのが面倒だったので、
「ふたり」
 と素直に答えておいた。清にぃは意外そうな顔をした。ワタシはテレビから目を離して清にぃを見た。
「犯人誰か知ってるの?」
 一応ワタシは訊いてみた。
「あぁ。おまえ知ってて黙ってたろ」
「うん」
 清にぃははぁ、と大きなため息をついた。
「メーコちゃんといい、おまえといい、そこは素直に認めるんだもんなぁ」
「……メーコちゃん?」
「知り合いの後輩だよ。っておまえとぼけるな。知ってるだろ」
 もちろん知っている。小鳥遊芽衣子。1度会って話をしたくらいだが。
「こうも俺は正直者なのにどうして周りは嘘つきばかりなんだ?」
 いや嘘つきだろ。そう思ったが、ワタシは突っ込まないでおいた。

  + + +

 わたしと清にぃはそのまま家に帰ることにした。
「どっちにしろ今日はもう授業ないと思いますし」
 バスに乗って、家の近所まで来た。
「更科が犯人だって知ってただろ」
 梨希と同じような、三日月の笑みを浮かべる清にぃ。わたしは言葉に詰まった。隣を歩いている清にぃは霧をまとい、あくまで普通に歩いている。
「やっぱり知ってたんだね」
 沈黙を肯定と受け取ってか、静かに清にぃは言う。
「はい。黙ってたのはわたしの意志です。更科さんが口止めしたわけじゃありませんよ?」
「厄介だね。味方が誰なのかさっぱり分からない」
 即座に切り返され、わたしは口を噤む。
「そうですね。困りました。1番嫌いな人と協力しないといけないかもしれません」
「更科かな?」
「違いますよ」
 これは本当だった。清にぃはまだわたしを疑っている。
「さて、じゃあここで」
「はい、さようなら」
 清にぃと別れ、わたしは家に帰った。母が驚いている。掃除機をかけていた。ただいま、と言うとおかえり、と言われた。
「早かったね」
「だって……先生が……」
 引きつって声が出ない。この人のことは一生だましつづけるのだろう。面倒だからと言って今この人を刺し殺すわけにもいかないし。
 なかなかぎょっとする考えだった。
「あら、さっき警察から電話があったのよ。お嬢さんを事情聴取しますから、帰りが遅くなると思います。家までお送りしますからご心配なく、とかなんとか」
 そちらから逃げるつもりはなかったのだが、逃げてきた恰好になってしまったらしい。わたしは素直に家の近所の警察署に行くことにした。母が警察という言葉で取り乱さなかったのは、きっとわたしは殺人現場の第一発見者で身が潔白だと雪村某あたりが説明してくれたからだろう。
 南署までは歩いて20分くらいだろうか。その間に学校へ行くバスの停留所の近くを通るのだが、予想通り同じ制服を着た少年少女が歩いていた。中には御堂高校の制服もあり、近隣の高校も非常事態宣言をしたらしい。
 もう署が見えるところまで来て、ミニバンに乗った雪村某に会った。
 オレンジ色のサングラスをかけた雪村某は、今から探しに行こうと思ってた、とだけ言って取調室に案内してくれた。
「なんでわたしの高校なんでしょうか」
 理由なんてないことをわたしは知っている。呟いた言葉は深く沈み込んで、雪村某は顔をしかめた。しょっちゅうこの人はこういう顔をするのだろう。しわが深く刻まれているのではないか。
「犯罪者の考えることは分からないさ。何しろ俺たちとは別な人間だろうからね」
 そうかじゃあわたしはあなたとは違う人間なんですね、とわたしは言いたくなった。まちがっても言う必要はない。少なくともわたしは少年院に送致されても文句は言えない程度に法を犯しているのだ。
「そうですか。どうなるんでしょうね、これから」
 取調室は白で統一されていた。生活感のない、人間が存在するには辛い環境だ。まるで全てを白日の下に晒そうとしているようだ。
 席を勧められわたしは座る。
 雪村某は真正面に足を組んで座った。
「ここで煙草でも吸えれば良いんだろうけどね、俺は肺が悪いから映画やドラマのようにはいかないんだよ」
「刑事ドラマの刑事は俳優ですよ?」
「……えらく落ち着いてるね」
「現実感がないんです」
 ひと通り取り乱した後、気力なんてものは残ってない、と。
 事実昔のわたしならそうしたに違いない。そうならざるを得ないのだ。
「そうか」
 一応ね、これね、と見せられた証明書には雪村司(つかさ)と書いてあった。
「自己紹介があの時は不完全だったと思うから。じゃさっそく。犯人に心当たりはあったり?」
「しませんね」
「万引き犯と居合わせたり?」
「してませんね」
「嘘だね」
 間髪入れずに言われた。その通りだ。警察に協力する気などわたしにはない。仲間を売るつもりは全然ない。持ってるものは使いたい。悪戯なんて、そんなものだ。
「日曜日にこの近所のコンビニで万引きがあったんだよ。目の前で万引きしてる奴を止めなかったねお嬢さん。このくらいなら大丈夫、かな? もっとも貴女は犯罪を知らずに育ったみたいだけど」
 きちんと記録されていた? 誰も気づいていなかったのに?
「止めるのが怖かったのかな?」
 くすくすと司は笑う。笑い方がいかにも悪役だった。
 それを言うなら、とわたしは思う。悪役はわたしや梨希である。または奇会都市全員だろう。あの中で犯罪に手を染めていない者はいない。
「声が出なかったんです。怖かったです怖かったあの人平気で人を殺しそうだった」
 事実平気で人を殺すが。
「それをご存知なら、万引き犯の名前くらい知ってますよね」
「被疑者は更科梨希。御堂大学1年生」
「あぁ、1年生なんですね」
「それがどうか?」
「大学生かなーって迷ったので」
 やはり1年生は取る単位が詰まっているのではないだろうか。必修を取ったら毎日大学に来ることになるとわたしは思っていたのだが。サボっているのか知らないが、梨希は大学を大分休んでいるのではないか。それとも中途半端な2限目辺りが空き時間なのか。
「現場の話を聞こう」
 ようやく事情聴取が始まった。
 刑事が全員そうだとは言わないが、司は性格が悪い方に分類されるとわたしは思う。これ以上性格の悪い仲間もいないことはないが、あれは例外として。
「まずは生徒さんの方だね。被害者は上村剛(うえむらつよし)。面識はないね」
「はい。聞いたこともないです」
 あの日、2日前の朝に見た1年2組の光景は、わたしの持ち前の記憶力で色褪せはほとんどなかった。
 教室のまん中、早く来すぎたからと机の上に突っ伏して寝ている。そんな日常を冒涜した。首を分断され、白い骨や肉の断面を見せて、机の上に頭部が転がっていた。寝ているところを殺されたのか机の上から血が滴っていた。床はどんどん紅くなっていく。
「そんなかんじでした」
「まるで焼いて押したような正確さだね。文系科目得意かな?」
「はい。丸暗記大好きです」
 それにしてもこのヤクザまがいは事情聴取をしているつもりなのだろうか。世間話をするような気軽さとしか思えないのだが。
「ところでその被害者の死因、なんだったと思う?」
「やはり失血死……いや、ショック死とかいう奴ですか」
 ふむ、と司。うつむいたところでレンズが不透明なオレンジになり、口元だけが笑む。酷く、三日月の笑みに似ていた。
 この人も何か力を持っているのか?
「倒れ方の位置からして分からなかったかな? 貴女は教室の後ろ、背中側から見たわけだが、ふむ、なら気づかないな。彼は心臓付近を刺されたことによる失血死なんだ。まぁ、どうでも良いことか」
 確かにわたしにとってはどうでも良いことだった。
「背中を貫通はしていなかったと思いますよ」
 司はどうでも良い話をつづけるつもりらしかった。わたしは内心ため息をつく。その様子を司はじっと見ている。
「面白い子だね」
 まるで紫煙が辺りを漂っているような、曖昧な笑い方をする。司は正面からわたしをのぞき込んでいた。
「うん、面白い子だ。なんでそんなに俺の前で取り繕ってるのかな」
「なんのことだかさっぱり分かりません」
「あ、もっと分かりやすく直接的に言えってことかな。貴女はそんな人間ではないだろう?」
 クリーンヒットだった。わたしは驚いて慌てたフリをした。
「な、何を言ってるんですか」
「そこで事情聴取の必然性を問わないところが美点だね。必然性はあるわけだが、貴女が事件にどれほど関わりがあるのか知りたかっただけさ。すまない」
「雪村さんって性悪ですね……」
 呟いただけのつもりだったが聞こえたらしく、司は口を曲げて笑う。
「ところで今日の事件についてはなんかないかな?」
「わたしは誰が殺されたのか知りません。ただ殺人事件が起きたってことくらいしか。生徒は早く帰れって言われて、たぶん近くにいた人が先生が殺されたんだって、それくらいしか」
「ここのところずっとつづいてるからね、そのくらいの放送でみんな信じたんだね。恨まれてそうな先生とか心当たりある?」
「いえ、特には」
 1年生は必修科目がほとんどの上、教科数が少ない。残念ながら先生と接触する機会があまりない。わたしの知っている限りでは嫌われこそすれ殺されるほどの教師はいないように思う。
 梨希はたまたまその場にいたから刺しただけだろう。理由なんてない。
 強いて言うならそこにいたから。現代の犯行よりよっぽど短絡的かつ通り魔だ。
「こういうことは若者の方が詳しいだろう。白陽連続殺人事件に関わっているであろう、犯行時間帯に目撃されているらしい集団がいるそうだ。ネットで拾った情報なのだがね」
 心当たりはある。
 そんな情報を、しかもネットにばらまいた人は簡単に見当がつく。
「それともインターネットは使わないのかな?」
「使いませんね。家にパソコンありませんから」
 嘘ではない。
「そっか、ありがとう。今後も情報提供をお願いするかもしれない」
 微笑を浮かべて司は言った。約束通り、ミニバンで家まで送ってくれた。