奇会的魔女観測

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 さてとんでもない1週間の終わり、金曜日だ。わたしはここのところ眠れず、授業中も半分寝ているようなものだ。有也との交際は嬉しいこと限りないが、そろそろ躯の限界だった。
 ここのところ、夜通し外にいて「奇会」をしているのだ。
「おーいメーコ、顔色悪いぞ」
 教室に入るなり、瞳子にそう言われた。わたしは困ったように首を傾げた。
「大丈夫だよ?」
「そんなに地の色白くなかったって。青いぞ」
 びっくりして自分の手の甲を見る。思ったよりも白っぽかった。
 それはまるで血液の流れが最小限に抑えられて、赤みを失ったような、そんなかんじだった。密かにわたしは納得した。
 躯の仕組み自体が変わるよ。そう、「奇会都市」の一員になることは他人と少し仕組みが変わることなのだ、と。
 壊れた幾つかの歯車が、小さな働き者の歯車に変わる。
 燃費の悪いモーターが、燃費の良いモーターに変わる。
 つまり、こういうことか――。
「な? 自分でも驚いてるだろ」
「そーでもないって」
 瞳子が顔を歪める。
 わたしはいつも通り、荷物を机の中に移す。
「すみません、メーコちゃんいます?」
 教室の外から聞こえてきた声に、わたしは動きを止める。一瞬締め付けられるような全身の痛みがあって、それでわたしは席を立った。
 ドアの側には長身の、大人びたと言うよりは少し老けた男子生徒がいた。霧を辺りにまとわりつかせるような、清にぃが立っていた。
「どーしたんですか」
 いつになく清にぃは真剣そうな顔をしている。近づいて分かった。
 へぇ、珍しい。わたしは内心で三日月のように笑う。
 この人、怒ってる。
 それに気づかないふりをして、わたしは清にぃの次の言葉を待った。清にぃは重く沈みそうな言葉を紡ぐ。
「昨日、更科に会ったね」
「いいえ?」
 知らないといった表情を作る。
 どうもキミは部外者だったみたいだ。
 清にぃは昨日そう言った。どうしてそんな普通なのかと問うた。眠っていた才能を掘り起こした後、平静にいつも通り生活できるわけない。それは清にぃも知っていて然るべきことだ。
 一瞬でも信じたら、裏切られる。奇会都市の誰かがそう言っていた。
 もういつも通りふるまう努力はしなくて良いらしい。わたしは表情を崩した。
「昨日誰が殺されたか知ってる?」
「また誰か殺されたんですか。学校も疲れたんですね。でも誰かいなくなったらクラスの人が気づきそうなものですが。ってことは、その人、不登校か何かだったんですか」
 その通り、と清にぃ。
 しばらくふたりは静かににらみ合う。
「知らないかな。どうも弟とキミとの関わりも疑いたくなるんだけどね」
「清にぃの弟さんですか? わたし名前すら知りませんよ」
 あの時ひらめくように分かって、それを彼が認めただけで。
「確かにね……弟は名乗らないからね。全く奴の考えてることをコピーしたような連中がいるんだから」
 背筋が凍る思いがした。事実わたしの顔は強ばった。
「その連中、とやらが犯人じゃないんですか」
「単独犯じゃないって話かな? そうは思えないけどね。その連中について僕も大した知識はないんだよ。どうも名前があるらしいが僕はそれを知らない。人数はいて十人、いなくて五人ってところじゃないかとは思うだけどね」
 わたしは素直に感心した。いつの間に清にぃはそんな情報を集めたのだろう。けれどこの人はハッカーなのだ。インターネットで事件について調べたら出てきたかもしれない。けれど目撃者なんているものか。分からない。ただ、わたしが加わった時点から目撃情報は極端に減るのだ。そうでないとおかしい。
「どうかな? 情報に通じてるんじゃないかな、メーコちゃんは。合ってる?」
「わたしはそんなこと知りませんよ。どうしてそう訊くんです?」
「それはメーコちゃんが1番知ってると思うがね」
 その通りだが。わたしは手に汗を握って拳を白くする。
「知りませんよ」
「そうか。そうか……じゃあね、僕もひとつ情報を提示するとしようかな。うちの弟には不思議な力がある。未来記って言ってね、自動筆記したことは未来に起こる。運命って奴を信じざるを得ないね。その中には『またね、と言って更科が万引きする』ってのもあったんだ。僕が見てたのは予想外だったかもしれないけどね」
 だから梨希が万引き犯だと断言したわけか。
「これは取引なんですか」
 わたしは悔しい。教室からふたりで離れる。めったに授業では使わない、地学室へ自然と足は向いている。清にぃは頷いた。歴とした取引だよ、僕は証拠を押さえるのに足の心配は要らないからね、と言う。
「つまりわたしに何か情報を開示せよ、と?」
「そういうことだね」
 わたしは三日月の笑みを浮かべる。清にぃは良いね、と呟いた。
「やっぱりそれが本来のメーコちゃんなんだ。面の皮が厚すぎるよ。それも現在記の力なのかな」
「で、しょうね。わたしの持ってるカードはそんなに多くないです。大して重要なものもありませんよ」
 実際は相当な数の情報(カード)があるし、重要なものが大半を占める。むしろわたしは最低限の、1番肝心な情報しか持っていないのだ。
「構わないよ。例えば連中の中に僕の知り合いは入っているのか、とかね」
 厳しい質問にわたしは唇を噛む。梨希も言っていたことだが、清にぃは敵に回すと怖い相手だと痛感する。できる限り間を持たせ、いませんね、とわたしは言った。
「メーコちゃんと僕との共通の知り合いも少ないからね。困ったね」
 階段を下り、地学室の前まで来た。
 鐘が鳴っている。放送室の調子が悪いのかひび割れてささくれた音だ。
「困ったね」
 地学室は鍵がかかっていた。中は暗い。わたしの手を取り清にぃは転移した。中に入るためだけのほんの一歩の移動だ。以前聞いたことがあるが、他人を連れてテレポートする時は大した距離を移動できないという。
「ここで更科を待とうか」
「更科さん、大学に行ってるんじゃ?」
「可愛い後輩のために動いてくれるかもしれないじゃないか。どうしてここかって言えばね、当然仕掛けがあるわけさ。メーコちゃんの身が危ないね」
「……更科さんはそんなに優しい人じゃないかもしれませんよ?」
 言いしれぬ未知の恐怖――興奮だろうか。ぞくぞくする。わたしは自然入り口を背に清にぃから距離を取った。清にぃはそんなことには構わず、電気を点ける。カーテンは閉じられている。ヴーン、という古いフィラメントの音がする。
「実はこれが初動作なんだ。試験的だけどごめんよ。きっとうまく作動するはずだ。配線は一昨日確認したから学校自体が停電するとかブレーカーが落ちるなんてことはないはずだから。どちらにしろ連中のせいにされる可能性は高いしね」
 と。
 実は清にぃって腹黒いのかそれで霧を纏っていたのかとわたしが納得していたところ、悲鳴が聞こえた。近い。わたしはとっさに現在記しようと紙を探す。ない。生徒手帳を出して、書き殴る。
「メーコちゃん!」
 清にぃの声にわたしは三日月の笑みを浮かべた。悲鳴は近い。地学室の外に清にぃが出る。そこに倒れていたのは地学担当の教師だった。黒い革の旅行鞄を持った、梨希もいる。相変わらず鮮やかな手つきだったのだろう、彼女自身に赤はない。しっかり革の手袋をしている。
 教師には各所にナイフが刺さっている。胸に1箇所、腹に3箇所。今も床が朱に染まっていく。
「更科さん?」
 わたしが唐突に目の前に現れて清にぃは驚く。血から逃れるように清にぃとわたしはじりじり下がる。梨希はふっと笑って旅行鞄に座る。床から1メートルほど浮いている。
「なるほどね。ほうきには乗ってないが空を飛べるってわけか」
「ええ。ひとつくらい愉しみがないと。愉しみは最後に取っておくものでしょう?」
 わたしはどちらにも味方しないつもりでいた。
「嘘吐いてごめんね?」
 ふふっと笑って梨希は地学室の窓ガラスを割って、更にもう一枚割り逃げていってしまう。旅行鞄は頑丈にできているらしい。清にぃが心なしか落ち込んでいるように見えた。わたしは清にぃに近づく。清にぃの肩が震えていた。
「清にぃ、」
「最高だね」
 泣いているわけじゃない、とわたしは気づく。細かに肩を震わせて、清にぃは笑っているのだ。わたしも笑いたくなる状況だ。
 ここから一刻も早く逃げなければ、わたしたちが疑われてしまう。
「はい。えと、」
 誰かが走ってくる。わたしは覚悟を決めた。生徒手帳に書き殴る。今度からはメモ帳を携帯しようと思う。
「清にぃ、今から声を出さないでください。他人からは認識されなくなりますから、声を出さず学校外へ逃げます。あなたはこの授業まで出ていて早退したことになりますからどうかよろしくお願いします」
 早口で言い切ると、わたしは生徒手帳をしまう。
 間もなく角から背の高い物理の教師が現れた。わたしと清にぃは静かにゆっくりと廊下を歩いた。『わたしと清にぃ以外にふたりの姿は見えない』。そう書いたのだから。
 そろりと階段を下りていく。授業中だったがあの悲鳴、各教室に混乱をもたらしたようだ。ただでさえ同じ学校の生徒が数人殺されていて戦々恐々としているのに、次は自分のいるこの空間で今この時人が殺されたのだから当然か。
 無事校舎から出ると、しばらく歩いてからわたしは生徒手帳のページを破る。はらはらと灰になりそれらは消えた。
「もう良いみたいだね。透明人間になるのは楽しくないよ」
「そうですね……」
 さて、早退した身だからさっさと家に帰ろうか。
「それにしても、更科さんだったんですね」
「……」
 白々しいことこの上ない。清にぃは悪い考えを振り払うかのように頭を横に振った。