奇会的魔女観測

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 たまには夕飯くらい作るかと思い立ったワタシは、そこらのスーパーに買い物に行くところだった。帰ってきた清にぃはどうもメーコとナシキに会ったらしく、彼女が殺したわけじゃないとしきりに言っていた。
 なるほど、笑いたくなる状況だ。
 ナシキは否定して、その否定は清にぃをぐらつかせる程度には信頼できるものだったらしい。
 人間は日々嘘を量産しているという事実を忘れたのだろうか。
 と、スクランブル交差点を渡るひとつの見知った影。
「――清にぃ、こっちに気づいたのか?」
 ワタシは呆れ果てて影を追いかけることにした。
 のだが――。
 その人影は、空気にでも紛れたように見えなくなってしまった。
 忽然と、ではない。だんだんと空気にしみこんで、しまいには見えなくなってしまったのだ。
 あぁ、その通り。
 ワタシもナシキも知っている。
「おいおいそんなの聞いてないぞ」
 現在記、小鳥遊芽衣子は、既に普通に人間らしく生きる特性を持っていないのだ。現在記はどうも犯罪にもってこいの力らしかった。
 現在の状況に付加できる。
 即ち「わたしは他人から認識されない」など。この場にナシキがいるのかは謎だが、しかしワタシに彼女または彼女らを止める義務などない。そして止める気もない。
 よってワタシは、うっすらと笑いながら、何も見なかったことにして、スーパーへ向かう。

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 翌朝水曜日、緊急連絡網が回ってきた。わたしは手順に沿って次の人に連絡網を回し、ほくそ笑む。
 朝、どうでも良いことのように凶悪な事件が報道されている。
 昨日17時前後、わたしの家の周辺で白陽高の生徒が殺害されたそうだ。不審な状況だったらしい。その場にいた目撃者たちは何もないところからナイフが出てきて被害者が殺されたと言っているらしい。マスコミがこぞって報道したがるような事件だ。
 わたしはそれを見てほくそ笑む。
「さて、何日つづくのかな」
 父も母も妹も出かけて、わたしは家にひとり。連絡網によれば今日は臨時休校だそうだ。今、電話から2、3時間後の9時、わたしは家にひとり。
 清にぃから電話。いつも通り、これまでのように対応する。
「うちの高校に恨みでもあるんですかね」
『分からないね。確かに弟が関わってそうではあるが、あいつは現在の状況を変化させることができるわけじゃない』
 恨みなんてあるわけない。ただそこにいたから。きっと理由なんてない。
「じゃあ弟さんではないわけですね。更科さんは違うみたいですし」
『俺が何を言いたいか分かる?』
「わたしを疑っているんですか。でもわたしは何をどうすれば変な力を発揮できるのか分かりませんよ」
『そうなんだよ。それが俺も分かんなくてね。ごめん、今日は1日家にいた方がいいよ』
 家に? わたし自身が――殺人者であるというのに。
 そんなことする筋合いはない。誰がずっと家になどいるものか。
 わたしは嗤う。
「はい。怖くて外出する気なんてありませんよ」
 嘘だ。
 それじゃあ、と言ってわたしは電話を切った。
 玄関のドアを開けた。そこには、白い短めの上着にフリル付きのスカートを穿いて黒い革のキャスター月旅行鞄を持った、大学生くらいの女性がいた。
「先輩、それじゃあ行きましょうか」
「そうね」
 彼女も笑う。わたしも、笑う。

 

 昼頃、わたしはリビングで震えいていた。
 目の前のニュースに。そう、元々のわたしはそういう人間だ。凶悪な事件がこぞって報道されている。また同じ高校の、白陽高校の生徒が殺害された。
 一連の事件は「白陽連続殺人事件」と名前がついた。
「全く、この前まで万引きすら見たことなかったんだけどなぁ」
 わたしは冷凍食品ばかりのお昼を食べながら考える。
 梨希は違うと言ったのだから、彼女ではないのかもしれない。
 木曜日、登校はいつも通りに。校門付近のマスコミを避けてわたしは登校し、朝会にいた。わたしの他にも何人かが貧血を起こしてふらふらしたり倒れたりした。わたしは幸いにも倒れずに済んだが、何度も視界がブラックアウトした。
「大丈夫かー?」
 それを遠目に見ていたのだろう、靖人が朝会後心配そうに声をかけてきた。大丈夫だと手をひらひらさせたが、青い顔をしていては説得力はない。
「ほんと、大丈夫だから」
「意地張ってぶっ倒れるなよ」
 靖人は困ったような顔をしてそう言い残した。
 3組に有也の姿を見つけた。朝会から教室へ帰る途中、向こうも気づいたようだ。少し幸せな気分に浸れた。向こうはわたしに用事があるらしく、近づいてくる。
「ど、どうかした?」
 この場に清にぃがいたら、動転してるの丸分かりだよ、とでも言うだろう。わたしは顔をまっ赤にしながらも平静を装う。装いきれてないが。
「瞳子に急かされてね。あの、俺、メーコのこと、好きだから。今日は一緒に帰らない? へへへ返事、その時で良いから」
 有也も同じくらい動転していた。顔から湯気が出ないのが不思議なくらいだ。何度もどもっている有也も、わたしも。
「はっははい」
 わたしもそう言うのが精一杯だった。ふたりして背を向け、それぞれ教室に帰っていった。まわりは意外と他人に無関心らしい、誰にも何も言われなかった。
 授業など耳に入るわけがない。
 連続殺人事件よりも、こっちの方が衝撃が大きかった。今日瞳子に話しかけられたら、何を言われるか分かったものではない。
 静かな教室、響く教師の声。わたしはノートも取らずにとても嬉しそうに幸せそうに笑んでいた。まわりが不思議に思わないのが不思議なくらい、わたしは幸せだった。
 自分が好きだと思っていた相手に告白されるなんて、そんな偶然があるのだ。
 世の中、捨てたものじゃない。
「凄いね、なんか」
 そんなこんなで飛ぶように過ぎていく授業。休み時間、わたしは清にぃに会った。清にぃはとても不思議そうな顔をしている。
「メーコちゃん、だよね?」
「はい清にぃ、わたし幸せ者です。ああもうこんなのアリかなアリなんですね! あぁほんと幸せ」
 更に清にぃは困惑したようだが、わたしはそんなことに構わない。
「何かあったことは分かるけど、どうしてキミはそんなに普通なの?」
「普通ですか! 大丈夫ですよ、大丈夫です!」
 わたしは舞い上がっていた。
「昨日更科を見かけたりした?」
「しませんよ昨日はテレビの前でずっと震えてました。だって怖いですよほんと。今日仮病使って休もうか悩んでたんです。学校来て良かった!」
 清にぃは首を横に振る。
「どうもキミは部外者だったみたいだ」
「はい! もうなんかよく分かりませんけど~」
 わたしは別れ際、清にぃがこう言ったのを、きちんと聞いていた。
 メーコちゃんは奇妙な力に覚醒したと思ったんだけど……。

 

 事件の影響で、本日白陽高校は午前授業だった。校門の前で有也が待っている。わたしは満面の笑みを有也に向けた。
「ええと、わたしもあなたことがす、好きです。是非お付き合いさせてくださいっ」
 ひと息で言った。なんでだろう。こんなにも息が上がっている。
 有也の顔も、赤い。
「……もちろん」
「ふうん、ようやくにーちゃんはメーコに告ったか」
 後ろから聞き覚えのある声がした。わたしと有也が振り向くと、そこにはすまし顔の瞳子がいた。
「今日わたしに話しかけなかったのわざとね?」
「当たり前だ。あのにやけっぷり見てて超面白かったからな」
 瞳子は超面白かったを強調して言った。
「瞳子、俺はな、」
「にーちゃん大丈夫、邪魔者はもう退散するよ」
 言って瞳子はバス停の方へ歩いて行く。
「次の停留所まで歩かない?」
「う、うん。そうしよう」
 わたしの家の方向に1歩、有也は足を踏み出した。一斉下校のせいでバスは混み合っている。このまま行けば電車の駅があるはずだ。それに乗ればわたしも逆方面の有也も家に帰れる。
 どうでも良いことが楽しかった。
 冬でもないのに皆身を縮めて歩いている。そんな中、わたしも有也も楽しく歩いている。
 別れ際、わたしは三日月の笑みを浮かべて有也をぞっとさせてしまった。
「何を知っても、驚いたりしないでね……?」
 その後はこれまで通り笑って、それじゃあ、と電車に乗った。
 たとえば、とわたしは呟く。
「――――――とかね」

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 白陽高校は臨時休校となって、その次の日。木曜日、ワタシは朝からナシキに会った。なかなか面白くない一日の始まりである。ナシキは白の短い上着に薄桃色のプリーツスカート、黒い革のキャスター付き旅行鞄を持っていた。
「昨日止めなかったのね。わたしあの場にいたのよ」
「そうかい」
「そりゃああの子もいたけどね、」
「まるで止めて欲しいみたいだ」
「――いいえ」
 彼女は鞄に腰掛ける。ふわり、と鞄が浮く。当然のように、重力に逆らう。これから彼女は人を殺しに行くのだろうか、大学へ行くのだろうか。どちらにしても同じことだ。それが彼女にとっての日常なのだから。
「現在記とはまた便利だね」
「ええ。キカイトシの活動はそんなところよ」
 キカイトシ。ナシキからワタシは、何度かその名を聞いたことがある。奇会都市、と書くのだそうだ。
「と、いうことはメーコさんも奇会都市の一員か」
「そうよ。ふふふ」
 ナシキはさも面白そうに笑う。
「清にぃには断言するしな」
「確かに大嘘はついたわね。わたし、あの人の彼女失格かしらね、ふふ……魔女のことも言ってないわ。わたしは普通の人扱いされてるの。あなたのような、あの人のような、不思議な力は何ひとつないってことになってる。嘘がまかり通ったのもそんな理由じゃない?」
「知らないの? 清にぃは」
 それは初耳だ。ワタシはてっきり清にぃはナシキが「魔女」であることを知っているのだろうと思っていた。だからあっさりナシキを犯人から外してしまうのは短絡的すぎると考えていたのだが、そいう理由があったのか。
「だから部外者、って言い方もないけど――あなたは曲がりなりにも奇会都市の一員だから――その中じゃ、真実を知るひとりってことになるわね」
「念のために訊くが、清にぃに全てを知る権利は」
「ないわね」
 そう言って、メーコと同じように、ナシキも笑う。三日月の笑みを作る。