奇会的魔女観測

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 泥のような眠りから覚めると、目の前には物騒な人がいた。
 驚くわたしの前に菊の花のついた手帳が示される。ドラマだと警察だ、なんて言うのだろうとわたしは思った。
「小鳥遊芽衣子さん。話してもらえるかな?」
 わたしはゆっくりと軋む躯を折るように起こした。ベッドの上に身を起こすと、脇のパイプ椅子に座る警官が見えた。オレンジ色のサングラスをかけた、ヤクザの組長みたいな人だ。赤い革ジャンなんて着てるし。
「南署の雪村だ」
 線は細いがひきしまった躯つきをしている。声はやたら低い。
「状況を話せばいいんですよね。えーと……わたし、学校に来て教室に着いたら、隣で何か落ちる音がしたんです」
「それは何時頃?」
「9時20分頃です。隣の教室に鍵はかかっていなくて、教室から出てきた人はいなかったと思います。隣の教室のドアを開けたら、教室のまん中の席に突っ伏して寝てる人がいたんです。く、首をすっぱりと切られ、てて、血があふれ出してました。即、そそ、即死だったと……」
 なんでこうも淡々と言っているのだろう。わたしはどもりながらも言いつづける自分をどこか遠くで眺めていた。
「人が倒れた音の直後に教室に入ったんだね?」
「はい。でも犯人は見なかったです」
「自殺だと思う?」
「自分の首を切断するなんて自殺の仕方は、難しいと思います」
 ふむ、と警官は唸った。参考人として警察に連れて行かれるかもしれない。わたしの感情は麻痺しているようだった。
「被害者との面識は?」
「ありません」
 わたしはその後もたんたんと質問に答えていった。たぶん表情といえるものはなかっただろう。警官が最後に詫びた時も、はぁとしか言えなかった。
「すまない。貴女は精神的にまいっているようだ。家で休むことを勧めるよ」
「はい……」
 警官は笑わず保健室を出て行った。わたしはしばらく呆然としていたが、やがてゆるゆると動きだし、何も言わずに教室へ帰り、荷物を取って何も言わずに学校を出た。バス停でバスを待ている間も、今日家に誰かいたかな、とぼんやり考えている。
 バスを下りて、ちょっと、とわたしを呼びとめる者があった。
 振り返ったそこに立っていたのは、180くらいの身長の御堂高の男子生徒だった。わたしの見知らぬ彼はどこか清にぃに似ていた。面影がある。
「アナタが小鳥遊芽衣子さんかな?」
「そうだけど。あなたは?」
 早く家に帰りたいとも思えない。わたしはただ流れに身を任せているだけなのだ。そうと気づくと、更に力が抜けた。
「ああ、やっぱり良いよ。分かったよ。あなたは――」
 この時わたしは何を言ったか、自分でも覚えていない。
 その時のことは覚えていない、ただ表情の抜けたわたしと影のような人。
「そう。聞いてたんだ?」
「ううん」
 清にぃと梨希は雰囲気が似ている。この人は、彼は、当たり前みたいに存在してるけれど、それ以上のことを平気でやってのける。だけど本人にその自覚はない。ただ自分が異質な存在だと自覚し了承しているだけなのだ。
「更科を知ってる?」
「彼女はワタシの知り合いだよ。なんて言えばいのかな、雪の中で突っ立ってたら会った。ワタシは彼女を待っていたんだ。会いたくない相手に会ってしまった」
 吐き捨てるように彼は言う。わたしは特に考えず、
「彼女が殺したの」
 と問うた。
 彼は口を閉じてじっとわたしを見下ろした。わたしもじっと彼を見上げる。口をへの字に曲げ、彼は重く口を閉ざす。表情は全くないとは言えない程度。目から滲むのは憐れみだ。
「いや」
 彼は頭を横に振った。
「そう。そういうことなの」
 わたしは笑っていたのかもしれない。

 

 この時ワタシは何を言ったのか、自分でも覚えていない。
 その時のことは覚えていない、ただ表情の抜けたメーコと影のようなワタシ。
 大体、ワタシはメーコのことを知らない。ただ未来記はワタシについてのことも入っているので、間接的に知っていた。小動物みたいな、目のくりくりしたこの子は、小鳥遊芽衣子というのだと。
 目の前にいるメーコは、表情を吸い取られてしまったようだ。
「そうだけど。あなたは? ――ああ、やっぱり良いよ。分かったよ。あなたは――」
 メーコはワタシの名前を言った。苗字はともかくフルネームまで知っている理由は思い当たらない。
「そう。聞いてたんだ?」
 誰から、とは言わなかった。メーコもそれは承知しているようで、ううん、と言った。清にぃの学校の制服を着ている。だからということはないが、薄々彼女と清にぃは面識があるのではないかと思っていた。
「更科さんを知ってる?」
 言葉ひとつひとつがゆっくりと聞こえた。笑い出したくなった。ワタシはここのところ何かを書くのを自制してきた。余計な未来は見たくなかった。
 どうも世界とはこんなにも狭いらしい。
 メーコがナシキを知っている。
「彼女はワタシの知り合いだよ。なんて言えばいのかな、雪の中で突っ立ってたら会った」
 小学生の時だった。大雪の日、ワタシは誰かを待っていた。
 あらかじめ未来記で知っていたことだ。ワタシはこの日、会いたくもない人物に会うと。
 しかし会わないといけないのだ。未来記に逆らって死にそうな目に遭ったことがある。
「ワタシは彼女を待っていたんだ。会いたくない相手に会ってしまった」
 吐き捨てるようにワタシは言った。
「彼女が殺したの」
 メーコは問うた。
 ワタシは面食らった。先のワタシの友人が殺された件だろう。そういえば彼女はなんでこんな早くに学校の外にいるのだろう。ナシキは白陽高校の卒業生だ、彼女は母校に向かったはずだ。
 ワタシがそう未来記したのだから。
 そこで一体何をした?
 また誰か殺したのか?
 そしてメーコはナシキを目撃したのだろうか。メーコの中でナシキが犯人である可能性はいかほどか。
 笑いたくなる状況だった。
 そういうわけにもいかないので、ワタシは敢えて否定した。
 面白い状況は傍観するに限る。
「いや」
 ワタシは頭を横に振った。
「そう。そういうことなの」
 メーコは笑っていた。心因性の衝撃ゆえだろう、機械が壊れたかのような歪な笑みだった。