奇会的魔女観測

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 わたしの予想通り、清にぃはネットカフェに向かった。仕事場に来たわけだ。この店はいつも空席が目立つ。カウンターから遠い個室を選んで、清にぃはコーヒーをふたつ注文した。
「あれ、メーコちゃんはコーヒー飲める人だっけ」
「大丈夫ですよ」
 清にぃのもうひとつの顔。それはのらりくらりと警察の追及をかわすハッカーだ。清にぃは3つか4つキーを同時に押してパソコンの画面をブラックアウトさせた。
「大丈夫なんですか……?」
「ここは管理が甘いので有名なんだよ」  ぼそりと怖いことを言って、清にぃはタイピングを始める。その間にコーヒーが来て、清にぃの行動を不審がることもなく出て行った。白い文字列が並び、最後にEnterキーを押して、清にぃは椅子の背に寄りかかった。
「ほら、出てきたよ」
 ネット上のどこかに接続したらしかった。わたしにはよく分からないが、餅は餅屋に任せるとして、写真付きのデータを眺めた。更科梨希(なしき)、19歳。住所は清にぃの家と白陽大の間あたり。前科はないが……、
「これ、この前の万引きしてった人」
「知り合いだって言ったろ?」
「補導3回ですか」
 そこにもむしろ感心してしまう。いずれも傷害罪だが少年院には送致されていない。証拠不十分だそうだ。
「調べれば出てくるものだな」
 清にぃは考え込んでしまう。まさか、とか未来記、とかぶつぶつ言っている。独り言を言うタイプではないと思っていたのだが。
「未来記ってなんですか」
「なんだろうね。歴史の未来拡張版じゃない」
 煙に巻かれてしまった。
 わたしは文字を読み進めていく。梨希はわたしや清にぃの先輩にあたる。昨日声をかけてきたのは制服を見て、だろうか。
 清にぃはコーヒーに口をつけ、しかめ面をした。
「苦いなら砂糖入れるなり、」
「この苦さが良いんだよ」
 わたしは砂糖を入れてからいただいた。
「弟にも訊いてみないとな」
「今まで弟さんがいるなんて聞いたことありませんが」
「言ってないからね」
「どんな人ですか」
 なぜか清にぃは更に考え込んでしまった。あくまで清にぃは煙に巻きたいようだ。
「あいつは、うん。この社会で生きていくには辛いんじゃないかな」
 社会不適合者らしいとわたしは思った。
 わたしと清にぃは近所と言っても自転車で20分、そちらの方面は行けば行くほど何もなくなる。田畑のつづくのどかなところなのだ。
 わたしは清にぃの弟を知らない。
「この社会は狭すぎる。ルールを守れない構造の人間に強くあたりすぎるんだ」
「守らないではなく?」
「たとえば僕が駅から電車の中、電車の中から神社に移動するのは無賃乗車か? って言われると微妙なんだ。誰かを目指して来たらたまたま電車の中だった。言うなれば3本の腕があるのに3本目の腕を使わないでどうしろと言うんだろう」
 それはそうかもしれない。ただ半端屋のわたしとしては考えるのが面倒だった。
「今日はこのくらいにして、明日は暇かな?」
 わたしは頷いた。
「じゃあコーヒー飲んだら今日は帰ろうか。犯人が更科じゃない可能性もあるからね」
 本当に、とわたしは言いたかった。
 本当に、清にぃはどうやって生きているんだろう。
 今日はまだ妹が帰ってきていないようだ。案の定母はテレビの前に座っていて、殺人現場が映し出された画面を見ていた。
「あらおかえり。怖いわね、あなたのお友達が殺されちゃったみたいよ」
 わたしの母親はストレートにものを言う。既にテレビ局に知れてもしかすると全国報道されているのかもしれない。荷物を下ろして母親の隣に座る。
「現場には包丁が残されており、指紋は検出されていません」
「被害者は帰宅途中殺されてこのM高に運ばれたようです」
 無機質なアナウンサーが次々と事実を列挙していく。
「ところで今日は早いけど」
「さっさと帰れって学校に言われたのよ」
 たぶん言外に寄り道するなとも言っていただろう。あの放送を聞いて寄り道する強者はなかなか少ないと思うが。
「ふうん。じゃあ今日の夕飯作るの手伝ってちょうだい」
「えー」
 不満を声にしても結局手伝うしかないことをわたしはよく知っている。部屋着に着替えて母と共に台所に立とうとしたのだが、無造作に放ったスマホが震動する。
「誰から?」
 母が台所から言う。わたしはそれに答えず電話に出た。階段を上って自分の部屋のベッドに座る。
『今どこだ?』
「椎くん、どうしたの」
 電話してくるなんて珍しい。いや、電話してきたことなどなかった。靖人はまだ家に帰ってないのだろう。車やバイクのエンジンの音が聞こえる。
「……家だけど」
『いつものコンビニで窃盗が起きてるんだ。なんでもおまえ近くにいたらしいじゃないか』
「警察に届けてないの?」
『被害届を出したってさ』
 彼女だ。
 更科梨希。彼女の犯行に誰も気づかなかったわけではないのだ。それにほっとした反面、なんで通報しなかったのかという後悔に襲われる。わたしのだんまりを単なるショックと、靖人は受け取ったらしい。
『まぁおまえが何か盗ったわけじゃないだろ』
「うん。そうだけど」
 どう、すれば良いんだろう。それがわたしの今の正直な気持ちだった。
『じゃあ良いじゃん』
 何も知らない靖人の言葉に従うのは気が引けたが、わたしは何も言わないことにした。
「そうね」
 電話の向こうで靖人は歯を見せて笑っているだろう。
 その後ひとことふたこと交わして、わたしは電話を切った。誰からの電話だといつの間にか帰ってきた妹に言われたが、友達とだけ答える。
 妹を部屋から追い出してベッドに仰向けになった。
 梨希はなんで証拠不十分で釈放されるのだろうか。
 昨日の万引きだってどうなんだろう。
 まわりで殺人事件は起こるし。わたしはため息をつく。
 ……有也は鈍いし。

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 図書館に本を返しに行ってそれから家に帰ろうとすると、どうしてもワタシは駅の側を通ることになる。市の中心部とも言える駅周辺では、予想通り号外を配っていた。ワタシも一枚もらって中身を読んでみる。
『猟奇犯、高校に現る』
 とても分かりやすい見出しだと思った。
 確かに躯を包丁で6分割するのは猟奇的なのだろう。清にぃにも言われることだが、ワタシは他人むしろ一般人と感覚が違う。
 今考えていることだって他人事だ。
 殺害現場の第一発見者は取り乱すんだろうな、と思っていることもそう。
 家に帰り着いてすぐに清にぃが帰ってきた。
 ワタシはそれに構わず借りてきた本を読み始める。清にぃの視線が痛くて三文小説さえ面白く思えてきた。
「相変わらず性格悪いよなおまえ」
 リビング、ワタシの隣に清にぃはどっかと腰を下ろした。
「ごめん」
 即座に謝って本を読みつづける。どうも今までのは茶番でミステリーらしい。夫婦が殺された。そこから始めれば三文小説とは思わなかったのに。
 清にぃはなおもワタシを睨みつづけている。
 ふいに緊張の糸が切れた。清にぃがため息をついたのだ。
「更科に会ったか?」
「まあね」
 沈黙。
 ワタシは本を読みつづける。探偵と思しき人物が出てきた。女探偵は警察に大嘘ついた後依頼者にウィンクする。なかなか小気味良い。
「どこで会った?」
「高校」
「素直に話す気ないだろ」
「ないよ」
 いつの間にか清にぃはワタシの目の前に来ていた。きっと「移動」したのだろう。連発すると疲れるとかいうわりにはつまらないことに使う。
 たとえば人を助けてみたりなど。実につまらないと思う。
 清にぃはワタシを正面から睨んできた。穏和な人物が怒ると怖いと言うから、ワタシは素直になることにした。即ち読書をやめる。
「会ったよ。ナシキは元気そうだった。包丁で切断したみたいだね。ワタシの書いたことが当たるかどうか試したかったらしい」
 巧妙に情報を隠すのがワタシは大好きだ。
「なんて書いた?」
「それは……どうだろうね」
 曖昧に笑ってみせると、清にぃは更に大きなため息をついてやるせなさそうに笑った。
「更科には楽しい力はないのか」
 そう考えるのは正しい。ワタシは内心にやりと笑った。素直に白状する気はなかった。
「さぁ。見たことない」
「この前の万引きの件は」
「つまらないことするねナシキも。もっと大きな犯罪すれば良いのに」
 清にぃの表情が険しくなる。
 彼女が万引きしたという話は聞いていない。彼女は細かな犯罪、例えば不法侵入や器物損壊ならたくさんやっているだろう。が、その全てをワタシが未来記したわけではない。そんなこともあったかもしれない、程度。
「清にぃが言うなら毎日1個未来記するかい? 適当に思いついたこと書いてけばひとつくらいナシキに関してのことが出てくるかもしれないよ」
「いや」
 清にぃは熟考モードに入ってしまったらしい。ワタシはようやく読書に戻ることができた。その日の清にぃはそれ以上喋らなかった。