奇会的魔女観測

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 昇降口で靖人に会い、3人で帰ることにした。
 バス停で瞳子と別れて、向かいのバス停で靖人と待つ。即時集団下校命令により、瞳子の待つバス停には長蛇の列ができていた。
 こちら側は、あと30分くらい待たないとバスが来ない。人も少ない。
「物騒な世の中になったもんだな」
「たかだか15年くらいしか生きてないわたしたちが言ってもしょうがないよ」
「そうか?」
 たまに靖人は大人みたいなことを言うと思う。
「ここらへんの大学って言ったら白陽かちょっと遠いけど御堂だよな」
「そうなの?」
「おまえ大学受験する気あるのかよ……」
「まだ、決めてない」
 わたしは積極的に大学へ行くつもりはなく、従って興味は薄い。椎も高卒で働くというようなことを以前言っていたような気がするが、アンテナは高く張っているらしい。
「やっぱりうちの卒業生は白陽とか御堂に行く人多いのかな」
「じゃねーか」
 だんだん人の列が長くなる。こちらは10人と少し、あちらはゆうに30人以上。バスが来て、10人あまりがいなくなっても、自転車が迷惑する程度に人が並んでいる。
「なー、おまえさー、澤村と付き合ってんの?」
 瞳子と言い靖人と言い、人は他人の恋愛に口を挟むのが好きなようだ。わたしはめいっぱい首を横に振る。
「いつから気づいていたの?」
「かれこれ3日くらい前」
 百面相して歩いてたのか。
 自分はそんなに考えていることが表に出やすい方だったろうか?
「告ってないのか。さっさと当たって砕けろ」
「酷いこと言うね椎くんは。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ、って言うじゃない」
「邪魔してねーよ。ただ興味本位で傍観してるだけ」
 はっきり言うのもどうかと思う。
 バスが来るまで、わたしも靖人も黙っていた。
 家の最寄りのバス停で降りて、靖人と別れてわたしはコンビニに入った。
 昨日の彼女がいたコンビニである。まだ暗くないから、と靖人には言い訳した。靖人は特に思うことはなかったようで、それじゃ、と言って帰って行った。
 その後ろ姿を見送って、わたしはため息をついた。
 彼女のことがどうしても頭から離れない。どうも清にぃの知り合いらしい。ここに現れてくれたらそれで何かが氷解するかもしれないと、わたしは更科某を待っている。
 買うものはないので、わたしは化粧品のコーナーをぼうっと眺める。菓子コーナーは手が出てしまいそうだから、多少高く少々興味があってめったに使わないものを見ていた方が良い。わたしは活字嫌いなので雑誌を読むつもりはなく、漫画を読む気分でもなかった。
 20分ほどそうしていたのだが、いい加減足が疲れてきて、わたしは一度外に出た。唐突に地面から人影がしみ出す。わたしが逆に慌ててしまった。こちらを見ている人はいない。まばたき1回分あるかないかで、清にぃが現れた。
「人前で危ないじゃないですか」
「ははは、キミ目指して飛んできたんだ」
 そう、清にぃはテレポーター、瞬間移動ができるのだ。
 わたしが以前バイクに轢かれそうになった時も、間に入ってわたしを抱きかかえ、清にぃはテレポートしたのである。
「わたしがトイレに入ってたらどうしたんですか」
「どうにかなるって」
 のらりくらりと生きている清にぃからすればどうでも良いことなのだろう。わたしは他人の常識と自分の常識のズレを再認識した。
「更科を見た?」
 へらへら笑っていたさきほどまではどこへやら、急に清にぃは真顔で言う。いいえ、とわたしは首を横に振る。
「殺人事件の話は知ってるね」
 わたしは静かに頷いた。
「あれね、更科がやったかもしれないんだよ。今のところ可能性は五分五分だけどね」
 嫌な予感とは当たるものらしい。わたしは苦笑いする。いつも笑っているのが嘘のように表情を洗い落とした顔、そして声で清にぃはつづける。
「僕が調べたところによると、頭、腕、胴体、足、って六つに分かれるように切られていたそうだ。被害者はね、なんとうち、白陽高校の生徒なんだよ」
 思考が、凍った。
「メーコちゃんたちと同じ学年の子でね。たぶん瞳子ちゃんのお兄さんと同じクラスじゃなかったかな」
 わたしと瞳子は6組で、有也は3組だ。1年3組の誰かが殺された。有也ではないのだと思う。違うと思いたい。
「在原(ありはら)さんっていう女の子だ。まだ警察もそこまでは突きとめてないだろうね。弟の彼女だったものだから見て分かったんだよ」
「場所、どこなんですか」
 まるで見てきたように清にぃは言うから。
「弟の学校の裏。そうだねぇ、御堂高校っていうんだけど、知ってる?」
 それならわたしも知っている。少し遠いが、妹が志望している学校だから。
「知ってるみたいだね」
「ええ。妹、今年受験生なんです。うち年子なのは清にぃも知ってますよね。目下御堂目指して勉強中ですよ」
 しかしそれなら疑問が浮かぶ。
「なんでうちの学校から御堂まで……」
「あ、それは気にするほどのことじゃないよ。在原さんは御堂のすぐ近くに住んでるから」
 部活に入っていないのかな、とわたしは思った。
「だからこれから更科の家に行こうと思ってね」
 何を言い出すんだろう。わたしの目が点になった。
「さ、更科さんの家に行ってどうするんですか」
「そのために調べるんだよ」
「いつも通りわけ分かんないよ清にぃ」
 言われて清にぃはにやっと笑った。

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 困ったものだ、とワタシは思う。
 ワタシは御堂高校の1年生だ。6時限目の授業が終わる前に本を読み終わってしまったので、図書館に返してこようと思ったのだ。授業中すくりと席を立つと教師の非難を適当に聞き流して教室を出た。3階から階段を下り、昇降口から裏門へ向かう。
 うららかな春、まだ寒い学期はじめの風が吹き抜けていく。
 裏門にはよく見知ったとある先輩と、6つに分割された知人がいた。
「どう? あなたの言う通りになったよ」
 先輩はオレンジ色の唇をきゅっと曲げる。
 黒いキャスター付きの旅行鞄はいつも通り。革手袋は包丁を握っていて、シーリングのかかった薄ピンクのロングスカートに血は飛んでいなかった。包丁には紅がひかれているが、先輩自身は赤く染まっていない。茶色の髪は内巻きに緩く巻いている。
「そうだね」
 ワタシは分割された友人を眺める。好きだと言われて付き合って2週間だろうか。好きとか嫌いとかワタシにとってはどうでも良いことだった。
「本当に、あなたは何も気に留めない」
「そんなにワタシの口を開かせたいのか? アナタと喋るのは疲れるんだ。勘弁してくれ」
「気にしてないのによく言うわね」
 先輩はワタシに近づく。その時肉の塊をまたぐ。
「今ある未来もどうでも良い。ナシキ先輩は、その点ワタシと同じだ」
「あの人もそんなこと言ってた。――ほんとに、あれだけ似てないのにあなたたちは同じことを言う」
「ワタシは用事があるので失礼するよ」
 陽炎のようにゆらゆらとそこにある先輩の横を通り抜け、ワタシは門を通る。
 先輩はしばらくワタシの方を見ていたようだが、ふっと散った桜を見た。そしてくすくすと笑い出して、いつも通り、彼女らしく、旅行鞄に乗って飛んで行ってしまうのだ。
 旅行鞄がなくても飛べるらしいが、それじゃあ魔女らしくないわ、と彼女は言う。
 ワタシとまだ話したかったらしく、先輩は低空飛行しながらワタシの横に並んだ。
「いつから気づいてたの?」
「アナタと知り合った日だ」
 魔女は口角を吊り上げると、包丁を肉塊に向かって放り投げて、空高く飛んでいってしまった。