奇会的小唄観測

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 ワタシはその後をよく知らない。
 メーコはまた入院したようだし、有也と靖人は口を聞いていないようだ。夏休みも迫ってくる。これと言ってワタシの生活に変化があるわけではなかった。
 暑さも盛りに近い。プレハブ小屋は例のごとく暑い。ワタシは暑さにも寒さにも強い頑健な肉体を持ち合わせているので問題ないが、来客があるのであれば、扇風機くらいは回しておいた方が良いだろう。
 今日は土曜日で、ワタシはプレハブ小屋で本を読んでいた。コーヒーは4杯分作ってあるから大丈夫だ。
「こんにちはー」
 ドアの外から声がした。
「ドウゾ」
 ワタシが本から目を上げずに答えると、来客はドアを開けて入ってきた。少年ひとり少女ひとり。どちらも高校生だが、今日は土曜日、私服である。
「イラさん、わたしたちの分までコーヒー用意するなんて、未来記で分かってたの?」
「まあね」
 メーコと有也だ。有也は口を開かない。
「メーコさん、怪我は良いのかい」
「うん。ただの刺し傷だから」
 現在記である程度治りを早くしたであろうことは想像にかたくない。
「でも澤村、キミはメーコさんのそばにいるんだね」
 水を向けると、有也は真一文字に結んでいた唇を動かした。
「俺が守れるようになりたい。絶対、メーコを奇会都市から抜けさせる」
 その言葉が固く口を閉ざしていたのか。それほど重かったのか。
「無理だよ」
 ワタシとメーコの言葉が重なった。
「だからね、澤村。そういうものなんだよ、殺人は娯楽なんだよ。きっとわたしは自分が死ぬその瞬間まで誰かのことを殺しつづける。そういう、ものだよ」
 メーコの言葉に有也は怒りをあらわにし、
「そんなこと、やめさせてやる。俺が止めてみせる」
 無理に決まっている。ワタシもメーコも閉口した。
「澤村は理想主義者なの?」
「それで良い。俺はメーコのことを好きだし、危ない目には遭って欲しくない」
「澤村も酔狂だね」
 ワタシの言葉にメーコも頷いた。
「ほんとに。無理なものは、無理。わたしのこと好きでいてくれるのは嬉しいし、わたしも澤村のこと好きだけど、それとこれとは別問題だよ」
「だから、俺は、」
「ふたりとも。コーヒー、飲んでくかい」
 にらみ合っていたメーコと有也が、ワタシの方を見た。
「飲む」「あ、ああ」
 メーコが即答し、有也がそれにつづいた。どうもメーコも有也もそれなりにコーヒーが好きな人間らしかった。やはりワタシの周囲はコーヒー好きが多い。
 ふたりとも座り、ワタシもコーヒーを出す。メーコがコーヒーの香りを楽しみ、目を細めた。
「取り敢えず澤村、わたしはあなたの隣にいるけど、殺したいくらい好きなことに変わりはないから。他の人に殺されたくない」
「……今、俺はとっても物騒なことを聞いた気がするんだが」
「気のせいじゃない?」
「阿部定か」
「よく知ってるね澤村」
 好きで好きでしょうがないから、他の女に触れられたくないから、愛した男性を殺した。
 阿部定事件は有名だ。
「でもわたしが阿部定と違うのは、殺すのが楽しいから殺すっていう、目的にある」
「清にぃが来るよ」
 ワタシは未来記で分かっていたことを告げた。
「清にぃは味方なのか」
 有也の呟きが空気にとけて消えるまでの間に、床には影がしみだし、清にぃが立っていた。
「やあ、メーコちゃん、澤村くん、不肖の弟」
「ワタシは出来が悪いわけではないよ」
 清にぃの出来が悪いのかワタシには分かっていない。ただワタシは不肖の弟と言われるほどのことはしていないと思うのだが。
「事件は無事解決ですよ、清にぃ」
 メーコが肝心の話を始めた。
「みたいだね。警察が出る幕もなかったわけだ」
「雪村さんに会わずに済んだのは良かったよ」
 ワタシの感想に有也は、
「この前の警察の人だよな? 赤い革ジャン着てるヤクザみたいな」
「そうそう。研究所の人ね」
「メーコさん、その話は」
 有也が話が読めないという顔をしているが、ワタシからすればここでそれを説明されては困る。
「しないよ、イラさん。わたしの中では警察の人じゃなくて研究所の人っていう認識なだけ」
 メーコは笑っているが、彼女は一体どこまで知っているのだろう。ワタシの研究所での日々に関してもある程度知っているのではないか。
「瞳子ちゃんは成仏したかな」
 清にぃが話をそらしてくれた。
「瞳子は奇会都市に入る資格、あったんですか」
「そこらへんは僕が説明しよう。イラ、僕の分のコーヒーも頼む」
「はいはい」
 清にぃは腰を下ろすと、タブレット端末を目の前に持ってきた。誰かの几帳面な手書きの文字が映し出されている。
「瞳子の字ですね」
 メーコはじっとタブレットの画面を見ている。
「たしかに。瞳子のこれは……日記か?」
「そう、これは瞳子ちゃんの日記」
 清にぃは画面に指をすべらせ、次のページを表示させる。
 ワタシは淹れたコーヒーを清にぃの前に置いた。
「要約すると、高校に入ったその日に白衣を着た男性に薬物を飲まされたらしい。なんで瞳子ちゃんがあっさり他人からもらったものを飲んだって、無料の試飲缶だったみたいだね。瞳子ちゃんが後々それを『薬物だったのでは?』って思ったみたいだ。そして椎くんに会って、人を殺したくなったりしたらしい。実際殺してしまった、と。ただその時殺したと言っても自分の感情が他人に伝染したかのようだった、と」
 白衣の男性なんて特徴のうちにも入らない説明だ。街中で白衣を着ていれば目立つかもしれない。
「瞳子は俺にも何も言わなかったな」
「逆に訊くけどね、澤村くん。双子の兄に『人を殺したくなった。殺してしまった』って正直に言えるかい」
「……言えませんね」
 有也はコーヒーを飲み、
「自分まで殺すことはなかったのにな」
「瞳子が死んじゃった要因って、結局なんだってんでしょう?」
「ああ、椎くんが感染させたからだよ。椎くん側は防げても瞳子ちゃん側は防げなかったらしい」
「オリジナルは椎くんだから?」
「そういうことらしいね」