奇会的小唄観測

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「わたしが説明するね」
 屍体の山などないかのように、わたしは明るく切り出した。
 そう、遡ること数時間前である。
 わたしと有也は廃校広場にいた。
 ここには以前市が学園都市化を目指して作った大きな学校があり、しばらく前までは学校らしきものが取り壊されず残っていたらしい。らしい、というのは、実は学校に見せかけた別の何かだった、という噂がまことしやかにささやかれているからだ。実際、わたしもここになんの学校があったのかまるで聞いたことがない。
 だから、きっと学校ではない何かがあったと思う。たとえば、国家機密に関わるような研究所とか?
「なんでこんな場所指定したんだろうな?」
「そもそも澤村はなんでここに呼び出されたの?」
 わたしはこの時点では有也についてきただけだった。有也が「変なメールが来て嫌な予感がするから一緒に来てくれ」と言ってわたしを連れ出したのだ。
「俺は、犯人が呼び出した、って」
 ぞろぞろと人が集まってきていた。押し殺された気配を感じる。これは殺気だ。まちがいなく、誰かを殺そうとしている。恐ろしいことに有也はそれに気づいたらしかった。
「どうなるんだ……?」
「大丈夫。現在記する」
 わたしたちの背後から、ひょい、と人影がのぞいた。確認せずさらさらとノートに書いて、その後振り返った。そこには、長身のピエロが立っていた。
「アンネ?」
「そうです、メーコさん」
 それだけ確認すると、わたしは手当たり次第持ち歩いているナイフで人々を刺した。ただ動きが止まってくれれば良い。大丈夫、人間これくらいで死なない。
「メーコ、なんで」
「わたしは澤村に死んで欲しくない。だから身を守らないと」
「これはどういうことなんだよ!」
「たぶん犯人が集団催眠をかけたってところじゃないかな。澤村で被害者最後にするって言ってたし」
 わたしが全てを薙ぎ払って、でもまだ油断はできない。人々は互いに殺し合っているのだけれど。清にぃに電話してみることにした。おそらく清にぃはイラと一緒にいて、こちらに来てくれるはずだ。
 たぶんわたしの勘は当たっている。
「俺は死んだ方が良かったのか?」
「わたしは澤村に死んで欲しくないよ」
「こんな大量の屍体を出して?」
 わたしは電話をかける。辺りに満ちるうめき声。それを一蹴するように、コール音が鳴る。あくまでわたしの耳限定の仕様だ。
「清にぃ、大変なことになりました」
 思ったより切羽詰まった声になった。面白くない。
「わたしは殺人現場にいます。どうすれば、良いですか」
 そんなの分かってる。実に面白くない。
「もう、わけ分かんないです」
 清にぃの言葉を待つ。わたしは混乱しているわけではない。ただ、演じているだけなのだ。
 フツウのタカナシメイコを。
 質問に答える。共振したのは確かにわたしの同級生だ。見知った顔が幾つかあったし、皆同じ白陽の制服を着ている。
「死死死死死」
 笑い声か、呪詛の声か。まだ呟ける気力はあるのだ。
 固まってしまった有也に、わたしは困り顔を向ける。
「あとで、来てください」
 電話を終える。
 殺気はまだある。わたしはナイフで人をさばく。
「なあ、やめてくれよ」
「死にたいの?」
「その方が良いのかもしれない」
「わたしは生きてて欲しい」
 現在記をつづける。
 半分恐怖、半分好奇心。
「清にぃとイラさんが来てくれるまではつづくよ」
 わたしも疲れてきた。
 人の生命に関しては現在記は効かない。
「ねぇ、澤村。それでも、わたしのこと好きなの」
「……ああ」
 有也は迷うでなく、自分の心を検証したかのように言った。
「それとも時間をいじるかな」
 わたしは現在記の正確な限界を知らない。時間まで操作できるものなのだろうか。
「メーコ」
「うん」
「なんで平気なんだ」
「そういうものだよ」
「ああ、いたね」
 どっと疲れていた。何時間分の疲れだろう。屍体の山が築かれている。長い間、わたしは殺人していたらしい。有也が倒れそうなほどにまっ青な顔をしている。
「メーコさん、機械みたいに動いてましたね。現在記ですか」
 アンネを見ていると人を殺したくなる。そういう暗示か何かか。空白の数時間、わたしはひたすら人を殺していたようだ。
「俺は何も見ていない」
 有也の恐怖の対象は累々とある屍の群れか。
「うん、そろそろ来るかと思ってた」
 そしてわたしは、そう言ったのだ。
「大体分かった」
 話し終えたわたしに、清にぃが言った。
「つまり椎くんの登場はまだということだね」
「そうなります」
「椎さんもなんでわたしにピエロの恰好させたんでしょうね。暗示かける際にある程度奇抜な恰好が良かったんですかね」
 アンネが不思議そうに言う。
「分かりやすいように、だろうね」
 イラが重く言った。
「ピエロって言ったら、今のアンネの恰好を大体の人が想像するだろう。具体的に特徴がある方が、きっと感染しやすい」
「……なるほど」
 清にぃがわたしとイラに厳しい視線を向けている。
『今行く』
 わたしのスマホにメールが来た。靖人からだ。
「あら皆さん、ご機嫌よう」
 空から旅行鞄に乗った梨希が降りてきた。
「梨希、悪ふざけもいい加減にしてくれ」
 着地した梨希に清にぃが言った。梨希はふふふ、と笑う。
「清和さんの方が早かったのね」
「そういう問題じゃない」
「でもまだ、主役がいないみたいじゃない?」
「今回の主役は俺だよ、梨希さん」
 悠然と作業着の靖人が現れた。
「アンネ、もういいぞ。カラクリは疲れないのか」
「お気遣いありがとうございます、椎さん」
 発泡スチロールの塊がぼろぼろ落ちて、ピエロの中から中学生くらいの少女が現れた。
 驚いているのは有也と清にぃだ。
「こんな小さい子が奇会都市の?」
「小さいとは失礼ですね。わたしももう中学生なんですけど」
「イラ、おまえこんないたいけな子を」
「清にぃ、アンネにいたいけという言葉は似合わない」
 イラが冷静に突っ込みを入れ、アンネは笑った。
「安音深奈美と申します。白陽高生の皆さんの話は亡き父から良く聞いていました」
「奇会都市に殺されたんだろ」
「天涯孤独の身ってのも味ですよ」
「待って、アンネちゃんは安音先生のお嬢さんか」
 清にぃは地学部で、地学教諭の名前を覚えていても不思議ではない。
「そうです。安音響輔の娘です」
「なるほどね」
 清にぃは頷き、
「奇会都市に復讐のためにいるわけじゃないんだろう?」
「ないですよ。純粋な殺人衝動からです」
「アンネ、露悪趣味もいい加減にしとけよ。さて、殺し合いを始めるか」
 靖人が三日月の笑みを浮かべる。