奇会的小唄観測

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 その週の金曜日。
 学校が終わる頃メールがあり、珍しく自宅にいたワタシだが、それは清にぃがパソコンと睨み合いしてることとは関係なく、むしろパソコン作業をしながらワタシに話したいことがあるとか言って呼び出されたからである。
「で、ワタシに何?」
「犯人分かった」
「誰?」
「椎靖人くん」
 ワタシは当たりとは言わなかった。
「おまえのその反応は当たりだな」
「さすが清にぃ。弟のことはなんでも心得てるんだね」
「兄貴だと思えない癖によく言うな」
 本当によく理解しているようだった。そもそもワタシがなぜ紫条清和を清にぃと呼ぶのは、そうでもしないと自分の兄だと思えないからだ。
 ワタシは両親にここ数年会っていないし、家族がいるとすれば清にぃだけだから。
「それはどうでも良い。椎くんが犯人なら、奴は一体どんな力を有してるんだ?」
「師匠と似て非なる能力だよ」
「具体的に言え」
「感染者、だよ」
 清にぃはキーボードを打つ手を止めた。
「感染? ウィルスに感染するみたいに、か?」
「そう。本人曰く、思考や体調を他人に伝染すことができるらしいよ。それは本人が同じ場所にいる時とは限らないみたいだ。だからメランコリック・ララバイみたいなことが可能になる」
「文字やメロディを通じて感染させるわけか。感染症と同じだな」
「その喩え、素晴らしいから本人に伝えておくよ」
 清にぃは再びキーボードを叩き始めた。
「全く、澤村くんに教えたところで防ぎようがないじゃないか」
「なんで澤村に教えるんだい?」
「次の被害者だろ。おそらく妹のことを気づかれないように釘を打つような意味合いがあるはずだ。少なくとも近しい者に残した遺言の存在を抹殺するためだろうね。メーコちゃんが遺言を受けと……」
 清にぃのスマホが鳴り出した。どうも電話らしい。
「もしもし? え、メーコちゃん、落ち着いて。らしくないよ? うん、分かる。それは僕も分かる。周りに誰かいるのかい? 本来のメーコちゃんはそんな演技を必要としないだろう」
 話に出てきたと思えば本人から電話がかかってくる。
 ワタシにとってはどうでも良いが、この時清にぃは三日月の笑みを浮かべていた。凶悪な犯罪者と凶悪な犯罪者の電話、まちがいなく三日月の笑みが相応しい。
「うん。ああ、澤村くんと、ね。周りにいるのは同級生か」
 メーコは今どこにいるのだろう。有也が自殺しようとしているのだろうか。
「大丈夫だよ。慌てて焦って泣き叫べるなら、まだキミは追い詰められていない。そこでなんとかして澤村くんがメランコリック・ララバイの犠牲にならないようにするんだ」
 へぇ、とワタシは思う。思ったより楽しい状況になっているようだ。電話してる清にぃは落ち着いていて、相手のメーコは普通のフリをして慌てている。おそらくメーコは演技するしかない状況なのだろう。メーコは普通のなんてことない女子高生の真似ができる。精神は犯罪を許容するにもかかわらず、だ。
「イラ、おまえからなんか言うことあるか」
「ないよ。どうせ澤村は病院すら必要としないんだ」
 清にぃの表情が驚きに変わる。
「怪我しないのか」
「たぶんね」
 またメーコが電話口で話し始めたらしく、清にぃはパソコンの画面に目を戻した。ワタシは本を読むことにする。珍しく恋愛メインのものが読みたくなり、かといって小説は違う気がして、与謝野晶子の『みだれ髪』を選んでみた。こんな官能的な歌がよくあの時代でまかり通ったものだ。
 清にぃはしばらく電話していたが、やがてふっつり静かになった。ワタシが顔を上げ清にぃの姿を探すと、キッチンで夕飯を作っていた。
「ワタシの分もある?」
「ひとり分作るのもふたり分作るのも同じだ。ろくにもの食わないおまえに、たまにはまともなもの食わさないとな」
「語弊があるよ。ワタシだってカップ麺ばかり食べてるわけじゃない」
「他には?」
「コンビニ弁当」
「ろくろく食事作ってないんだな」
 その通りなので黙っておいた。
 ちなみにワタシは料理が全くできないわけではない。多少はできる。清にぃと比べると申し訳ない程度だが。
 時に清にぃの料理の腕は玄人はだしだ。料理を専門に勉強したわけでもないのに、舌が肥えているからか、自分の料理がまずいと許せないようだ。両親が在宅していたことなんてほぼない紫条家では、清にぃ自身が作らないと料理が出てこなかったといのもあるのか。小学生くらいまでは家政婦さんが作っていたが、性格が気にくわないと清にぃが追い出してしまったらしい。
 清にぃもはっきりした性格だから。特に親族には。
 久しぶりにまともな夕飯を食べ、プレハブ小屋に帰るか思案していると、
「行くぞ」
「夕飯前の件?」
「ああ」
 メーコと有也がどうなったのか。ワタシは見届けなくてはならないだろう。奇会都市の観測者として。ワタシは立ち上がり、清にぃの隣に立つ。
「行くぞ」
 ワタシと清にぃはテレポートした。
 がっくん、と重力がかかる。地面に足がつき、暗い外にピエロが立っているのが分かった。長身のピエロは顔を白く塗り化粧している。鼻は赤い。
「宴の時間で、頼まれまして、道化になってみました」
「……アンネ?」
 どうもアンネがピエロの恰好をしているらしい。完全変態を遂げたアンネの奥にいるのは、
「俺は何も見ていない」
 有也だった。
「うん、そろそろ来るかと思ってた」
 メーコが後ろから声をかけてきた。が、驚くべきはメーコが背後にいたことではなく、屍体が辺りに転がっていることだ。辺りは暗いとは言え、夏場だけあって闇は浅い。
「他の人たちね、みんな死んじゃったよ。たぶん。アンネ見たらみんな互いに殺し合い始めてね」
「わたしは何もしてませんよ。椎さんが、ピエロの恰好してここに来てくれって言ったので、それに従ったまでです」
 メーコとアンネは全く同じ表情を浮かべている。目鼻を同じにしてしまえば、区別がつかなくなるような――三日月の笑みだった。
「清にぃ、イラ、どういうことか説明して欲しい」
「説明できることは皆無だよ。ちなみになんで澤村が生き残れたんだい?」
「メーコが……現在記とかいう奴で……」
 納得した。他の人々には有也が見えていなかったということか。だから殺される対象にならなかった、と。
「どういうことなんだよ。なんでこんな平和な街で殺し合いが起きて、俺がそれに遭遇しなきゃいけないんだよ!」
「椎が、いないね。説明は彼が適任だと思うけど?」
 ワタシは言って靖人の姿を探した。
「取り敢えず、ここに来た澤村の経緯を聞きたいね」
 有也は呆然とした表情をしていた。