奇会的小唄観測

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 わたしは有也に「用事があるから」と言い、バスで帰ることにした。日差しは強い。もちろん用事は有也に知られるとまずいことで、靖人と話したかったのだ。靖人はわたしとも有也ともクラスが違う。
「澤村はいいのか」
「だってこの場にいたらまずいでしょ」
「俺が犯人って話はしてないんだな。道理でいつも通り挨拶して適当に喋るわけだ。大して仲良いわけでもないけど。委員会同じなだけで」
 確かにふたりとも新聞委員だもんね、とわたしが言うと、靖人は頷いた。
「清にぃも新聞委員だよね」
「そうそう。だから澤村は俺のことも清にぃのことも知ってるんだよ」
 そういう話をしたいんじゃない。世間話ではなく今は、
「次、澤村のこと狙ってるの?」
「ああ」
 あっけらかんとした返事だった。わたしが拍子抜けしたのは面白いことでもなんでもないことなのに、靖人は吹き出した。
「な、なんなの椎くん」
「当たり前すぎる答えをしたつもりだったけど、俺は。奇会都市に関係してきたら取り敢えず死んでもらわないと」
 わたしが退院する前後も自殺者は順調に増えていた。メランコリック・ララバイは静かに広がっている。
「瞳子ちゃんと俺の接点、小鳥遊は分かるか」
「彼氏彼女?」
「ちげェよ。確かに馴れ馴れしく名前で呼んでるが兄妹を呼び分けるためだけの話だよ。瞳子ちゃんは俺が感染させたら同じことができるようになった、通りすがりの知り合いなんだよ」
「え?」
「その時は俺も瞳子ちゃんも私服だったから、年同じくらいってことしか分からなくて、翌日学校でばったり会ったんだ」
「感染で能力がうつるなんてことあるんだ。瞳子ひとりでふらふらと外を出歩くイメージないのにな」
 意外だった。まず瞳子と靖人が知り合いだったことが。次に能力がコピーされたことが。
「瞳子ちゃんが奇会都市の一員になる資格を得たのが5月くらいの話だな。そもそもメランコリック・ララバイは瞳子ちゃんの発案なんだ」
「瞳子、文学少女だからね」
 わたしのように読む活字はマンガのセリフではないのだ。瞳子は詩作もしていたと聞いている。
 ああ、もうここに瞳子はいないのだ。唐突にセンチメンタルになってしまった。
「メランコリック・ララバイの作者が死んじゃった理由は?」
「それが俺にも判然としないんだよ。俺は死なない。瞳子ちゃんは死んだ。内容は2種類。勝手に広まってる割には忘れて死ななかった人間が多い」
「未来と関係ありそう」
 わたしは思いつきを口にした。バスが来たので靖人と乗り込む。
「未来?」
 空いている席に座り、会話はつづく。
「自殺って未来を奪う行為だから。ええと、なんて言えば良いのかな、未来があるかないかっていうか、将来の夢がはっきりしてると――」
 靖人は分かった、と言った。ニュアンスは伝わったらしい。
「この大学に行こうって夢があったりすると、……どっちなんだ?」
「瞳子に関して言えば、確実に将来の夢があったと思う。イラさんなさそうだし、わたしは中途半端だった。わたしの中途半端は現在記が関係してた可能性大だし」
 無人のバス停を通過する。ろくろく部活をしていないわたしや靖人の帰る時間は帰宅ラッシュより早い。
「ちなみに椎くんはいつまでつづけるの?」
「澤村でラスト」
「なんで?」
「俺も疲れた。師匠に無効化の方法教えてもらったし、それでやめにする」
 犯罪なんてそんな理由で終わるものだ。
 わたしだったら……どうするだろう。
「うーん、澤村に死んで欲しいわけではないのよ」
「彼氏だからな」
「それもあるけど」
 いや、他に理由はないか。
「なんか澤村なら、わたしを救ってくれそうな気がして。何からかは分からないけど、奇会都市からかなぁ」
 答えは分からない。有也がわたしを変えてくれる。どうやって? そんな虫の良い話があるだろうか。
「俺は澤村を殺すよ。それは決まってることなんだ。俺がしくじっても世界には関係ないが、あいつに恐怖を味わって欲しいんだ」
「それならいいよ」
「冷たい彼女だな」
「大丈夫。イラさんは澤村の死については何も言ってない」
「知ってるだけで言ってないだけかもしれないぞ」
「わたしの勘だから」
 わたしが笑うと、靖人は吹き出した。
「記憶力の良い小鳥遊の勘だもんな、なんか当たりそうな気がするな」
「それにね、澤村が死んじゃったら、わたしを引き留めるものは何もなくなってしまう気がするの。もっと犯罪をして、ずっと虚しい思いをして、自分が消えてしまう。そんな気がして」
「高校生の恋愛にしては随分深刻だな?」
 靖人がおどけるように言う。
「いつだって今を真剣に生きないと」
 わたしも冗談めかして言う。バスが信号で止まった。数少ない乗客はおのおのの世界にいてわたしと靖人には関心を払っていない。
「澤村に言う気はないんだろ」
「何を?」
「俺が犯人だってことを、さ」
「もちろん。言ったらつまらないでしょ。でも白陽高の生徒ってところまでは分かったみたい」
「特定されるかもな」
「澤村鈍いから」
 恋愛に関しては特に鈍い。
「あいつもなんで俺のそばにいるんだろうな」
 バスが動き出す。
「殺されるの分かってて生活してるんだぜ」
「人間、いつかは死ぬから」
 わたしは当然のことを言う。
「マザー・テレサの言葉にあるよ。死ぬのは同じで、それが早いか遅いかだけの違いだって」
「なるほどな」
「わたしだってきっと長生きしないし」
「そういう奴に限って長生きするぞ」
 わたしは少し考えてから口にする。
「短い方が、より波乱万丈で楽しそうじゃない?」