奇会的小唄観測

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 有也と別れて、帰り道、わたしは後ろに人影を感じた。無害そうなのでそのまま家に帰り、ドアを開ける。
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
 誰だ。わたしが振り返ると、知らない白陽高の女子生徒がいた。
「あら。芽衣子、お友達が来るなら電話くれれば良かったのに」
「うん。もう学校より家の方が近かったから」
「メーコちゃんにはいつもお世話になってます」
 だから誰だ。
「部屋に行くねー」
 わたしと「友達」はわたしの部屋へ階段を上った。
「……アンネ」
 部屋に入って背中でドアを閉めると、わたしは「友達」の名前を呼んだ。
「メーコさん、さすがです。今日は近くまで来たので寄っちゃいました」
 安音深奈美、通称「アンネ」。御堂中学校の1年生だ。彼女は「カラクリ」という特殊能力を持っている。これは自身が同じ質量のものに自在に変化できるというものだ。質量が足りなければなんでもいい、何か別なものも一緒にして質量を増やす。ただし人型のものに限るようだ。
「何しに来たの? 中学生はもう出歩かない時間になっちゃうんじゃない?」
「大丈夫ですよー。メランコリック・ララバイについて訊きに来ただけですから」
「わたしも情報の持ち合わせがあるわけじゃないんだけど……」
 むしろアンネの方が知っているのではないかと思うくらいだ。最近父を亡くしたアンネはそれなりに辛い立場にあるだろうに、他人のことを気にかけているのだから強い。
「だってメーコさん、メランコリック・ララバイを読んでるんでしょう?」
「それはそうだけど。覚えてないよ」
「本当に?」
 他人に問われると揺らぐ。
 本当にわたしはメランコリック・ララバイの文言を覚えていないだろうか。必死に頭をはたらかせる。わたしは。わたしは。わたしは。
「青空はキライ。青は憂鬱の色。カッターナイフで空に血を溶かしてさあ、夕方の宵闇を呼ぼう。……えーっと……」
「覚えてるじゃないですか。随分と病んだ内容ですね」
「アンネって記憶いじれたっけ?」
「暗示をかけただけですよ」
 アンネもとらえどころがないという点ではイラと同じかもしれない。
「聞いただけではなんともないようですね」
「うん。それにイラさんは読んでも普通だったし」
「イラ先輩も読んだんですか」
 そういえばアンネは御堂中に通っているから、御堂高に通うイラは先輩ということになる。
「そう。でもイラさんは自殺未遂すらしてないでしょ」
 にやっとアンネは笑った。
「メーコさんが死なずに済んだ理由、教えましょうか」
 今ので分かるなんてアンネの頭の中はどうなっているのだろう。
「難しく考える必要はないんです。イラ先輩は見る前からメランコリック・ララバイの文言を知っていたんですよ」
「……なんで?」
「さあ? そこまではわたしも分かりません。そしてメーコさんが死なずに済んだのは未来記で今後の未来が分かっていたからです。つまりメーコさんが死ぬと未来が大幅に変わってしまう可能性があった」
「つまりイラさんはわたしが死なないことを知っててメランコリック・ララバイを読ませて、未来記の中にメランコリック・ララバイが書いてあったって、そういうことなの? 知っててやってるの? イラさんは」
「あの人ならやりかねないと思いませんか」
 それには激しく同意する。決まっているから大丈夫。たぶん、それだけなのだ。心が死んでいるようなイラに機微を求めるのも酷だ。
「さて、椎さんは今度誰を殺すんでしょうね」
「それこそイラさんに訊いてよ」

 高校初のテストが返ってきて、メーコが来るかなあと思っていたら、やはり彼女は紫条ビル屋上のプレハブ小屋を訪ねてくれた。
「もう傷は良いの?」
「まだ痛む。でもお医者さんは完全にふさがってるって」
 ワタシはメーコと有也にコーヒーを淹れた。メーコは黄緑色のワンピース、有也は紺のパーカーにジーパンである。学校帰りに寄ってくから私服というのも珍しいかもしれない。
「それは良かった。ケーキでも買ってきて快気祝いでもするかい」
「イラさんもそういうこと気にするんだね」
「知識として持ってるだけだよ」
 有也はむっつり黙っている。怒っているのかもしれない。何せメーコが自殺未遂する原因を作ったのはワタシなのだ。
「なぁイラ」
「なんだい澤村」
「犯人、教えろよ」
「知ってどうするんだい? 殺すか? 通報したって妹さんは帰ってこないよ」
 有也が言葉に詰まったところを見ると、図星だったのだろう。
「だからやめときなってわたし言ったよー」
 メーコが呆れたように言った。
「イラさんは感情が欠落してるんだよ。情に訴えたところで理解もしてくれないし同情もしてくれないよって」
「やってみなきゃ分からないじゃないか」
「1パーセントか1パーセルの可能性にかけるのは普通やらないよ」
「なんだパーセルって」
「1000分の1」
 メーコと有也が仲良さそうに喋っているのを見ると、不思議な気分になる。愛という奴を感じるからだろうか。
 ワタシにも愛が分かるのだろうか。
「わたしからは別の用件があるの」
 メーコの切り出しに有也が驚く。
「あれ、澤村に言ってなかったっけ」
「聞いてない」
「この事件がどうやって終わるか知ってる?」
 痛い質問だった。ワタシの未来記は知りたい未来を知ることができるわけではない。知りたくもない未来や知ってもどうしようもない未来であることの方が圧倒的に多いのだ。
 でも、今回の事件に関して言うのであれば。
「断片があるから、予想はできるよ」
 それだけ言うに留めておいた。
「じゃあ教えろよ」
「澤村、それはルール違反というものだよ。自分の頭で思考してくれ」
 ワタシは万能ではないし、そもそもなぜ有也に奇会都市のことを教えねばならないのかが理解できない。有也は関係者でもなんでもない。
 うまく喩えるならば、ご近所さんと身内は違う立ち位置にあるという、そんなかんじだろうか。
「もしイラが教えないって言うなら、清にぃか梨希さんをあたる」
「無駄だよ」
「清にぃと手を組む」
 ワタシは言葉をなくした。
「それはやめた方が良いと思うよ」
 ワタシの心中察してか、メーコが言う。
「なんで」
「清にぃは個人プレーだろうし、大して知ってることはない。梨希さんは問題外だよ。澤村、殺されるよ」
「分からないじゃないか。やってみないと」
「100パーセント断言しても良いよ。無理」
 有也は考え込んだ。
「アンネが知ってるかな。あ、澤村、アンネっていうのは御堂中の子でね」
「中学生にして奇会都市の一員か。末恐ろしいな」
「本人すっごく大人」
「生意気か」
「うーん……それはちょっと違う」
 メーコが困るのは分かる。アンネは中学生らしくない。身長や本来の見た目からすればまちがいなく女子中学生だが。
「この前お父さんが亡くなった時だって取り乱したりしなかったし」
「中学生で片親か。可哀相にな」
「ううん。お母さんはアンネがもっと小さい頃に亡くなってる。今は児童養護施設にいるよ」
 有也は言葉をなくして黙り込んだ。不幸な環境かもしれない。有也の知らない情報を言うべきかワタシは迷って、
「白陽連続殺人事件の被害者だよ」
 とだけ言った。
「待てイラ、アンネのお父さんがってことか?」
「そうだよ」
 白陽高校の地学教師の名前を、果たして有也は覚えているだろうか。おそらくアンネというあだ名だけでは思いつけまい。
「なのに奇会都市にいるのか」
「うん」
「父親を殺されたのに?」
「養育施設も良いところだって本人は言ってたよ」
 アンネが大人びた考えを持っているのはおそらく環境のせいだろう。
「そろそろ元の話に戻すね。澤村はどうするの?」
「犯人を捕まえるまでだ」
 メーコはため息をついて、
「やめときなよ。犯人は澤村を次のターゲットにしてるよ」
「……は? メーコ、どういうことだ」
 ワタシも知らないことだったので興味を持った。
「犯人はわたしや澤村のすぐ近くにいる。瞳子が負けて、今度は勘づくかもしれない澤村を狙おうってところ。だって瞳子はわざわざ御堂まで行った。犯人と御堂で会ったって憶測を作るためにね」
「おい、つまり犯人は――」
「澤村もようやく分かった? そう、犯人は白陽の生徒だよ」
 メーコは三日月の笑みを浮かべる。
「俺とメーコの共通の知り合いなんて限られてる。部活もクラスも違うからな。清にぃってことはない。なら、一体……地学部の、」
 ワタシは犯人である靖人が何部に所属しているのか、何組の生徒なのか、知らない。ただメーコと有也とは面識があるらしいと、それだけは知っている。すぐに有也は答えにたどりつかないようで、ぶつぶつ言っていた。
「コーヒーが冷めるよ」
 メーコがいつも通りの表情で言う。