奇会的小唄観測

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「死ななきゃ」
 メランコリック・ララバイを読み終わったメーコはそう言った。メーコはふらふらとドアを開け、建物の中に消えていった。
 ワタシはメランコリック・ララバイの詞を読んでもさして感想すら持たなかったのだが、靖人の能力同様、催眠術のような能力を瞳子は持っていたようだ。
「メーコさんはまだ死なないはずなんだけど」
 ケータイが鳴った。
『イラ、今どこだ』
「清にぃか。ワタシは学校だよ」
 このタイミングで電話してくるのはなぜか。メーコがいなくなったのでワタシはずぶ濡れになりつつあるが、風邪を引くわけでもないので取り敢えず電話だ。
 このスマホは防水仕様だから、その点安心である。
『メーコちゃんと連絡が取れないんだ。何か知らないか』
「さっきまで一緒だったよ。メランコリック・ララバイの犠牲にならないと良いけどね」
『どういう意味だ?』
「そのままだよ」
 電話の向こうで清にぃが苛々しているのが分かった。
『メランコリック・ララバイを知ってしまった?』
「澤村瞳子のメランコリック・ララバイ、効果があったようだね。それが詞だけで、音楽でなくても」
 清にぃは黙る。
「どちらにしろメーコさんは助かるよ。未来記ははずれないからね」
『はずれたところでおまえにとってはどうでも良いんじゃないか?』
「さすが清にぃ。良く知ってるね」
 電話は切れた。厭になって切ったのだろう。厭になると分かっているなら、かけてこなければ良いのに。
 ワタシは建物の中に引っ込んだ。ぽたぽたと廊下に滴が落ちる。土曜日の午後の学校は部活動でそれなりにうるさい。くしゃみが出た。寒いことは寒いが、躯の感覚なんてどうでも良い。
 変な目で見られながらも学校を出る。来る時に差した傘を使おうと思ったが、ずぶ濡れなので意味がないか、とも思った。
 紫条ビルの屋上に戻って服を着替えると、ちょっとほっとした。屋上にあるプレハブ小屋には先客がいたが無視である。
「あのなあ」
 先客、清にぃが口を開いた。
「ワタシはメランコリック・ララバイの対象にならなかったね」
「なんでメーコちゃんに読ませたんだよ」
「のぞいてきたのは向こうだよ」
 いや、見せたのはワタシだが。
「みんなおまえみたいな特殊な環境で育ってないんだよ」
 清にぃの言うことも一理あるが、ワタシとて全ての未来を見通せる力を持っているわけではない。
「ワタシの状態に問題ありなのかな」
「規則性に関しては、おまえサンプルから外した方が分かりやすいだろう」
「そんな特殊かな、ワタシ」
「どう考えたって機械装置研究所育ちは特殊だろ」
 ああ、正式名称はそういう名前だった。久しぶりに聞いた気がする、その名前。
「清にぃは今も研究所と連絡取ってるの?」
「言っとくがな、おまえを研究所に売り渡したのは僕じゃなくて両親だ」
 それもそうだ、ワタシと清にぃはふたつしか年が違わない。ワタシは生まれてすぐに研究所に連れて行かれたそうだから、清にぃが理解できたはずがない。
「僕も見てないからなんともだが、おまえは生まれてすぐ未来記みたいな、能力の発露があったそうだぞ。親が不気味がったところを花姫が見い出したんだろ」
「花姫の年齢不詳さ加減にしたって、16年前なら彼女だって10代未満の可能性もあるだろうに」
「何歳かは分からないが、花姫の幼い頃は想像できないな」
 花姫とは機械装置研究所の所長である。本名をワタシが覚えているはずもない。
「メーコさんは自殺未遂で終わるよ。今後奇会都市でいろいろ活躍するからね。これから賑やかになるよ」
 認識したら死ぬ。なら広まる可能性は低い。自殺するまでに時間差があるのか。
「法は破るためにある。それにしたって友人が死ぬのは看過できないし、自分の生命は大切で、死んだらもう何もできない」
「清にぃ、反社会的なこと言うのやめようよ」
「おまえにだけは言われたくない」
「奇会都市の他のメンバーにだって言われたくないだろうに……」
「ともかくだ。メランコリック・ララバイの大元を突きとめないといけない」
 ワタシのスマホがうるさかったので、開いてみたらメールだった。
「澤村にいつアドレス教えたっけな。メーコさんが教えたのかな。まぁ、良いけど」
「澤村くん? なんてメールが来たんだ」
「メーコさんが自殺未遂した。まだ意識は戻ってないって」
「おまえの言う通りになることを願おう」
 ワタシは遅まきながらふたり分のコーヒーを淹れた。自分自身熱いコーヒーを飲みたかったからだ。清にぃは美味しそうにコーヒーを飲み、
「梨希と結婚することになった」
「あ、そう」
「なんだそのしらけた反応」
「知ってた」
「いつから?」
「怒らない?」
「それは確約しかねる。梨希と出会った時からって平気で言いそうだ」
「良く分かったね」
「おまえな!」
 清にぃは怒っているのかと思ったが、手で顔を覆い地獄に突き落とされたかのような深いため息をついた。
「なんか僕レールの上を歩いてるんだな」
「うん、誰しもそんなものじゃない?」
 清にぃが帰った後、ワタシは勉強することにした。学生の本分である。もうすぐ高校に入って初めての定期考査がある。研究所にいた頃に大量の知識を詰め込まれたので、勉強する必要があるかは謎だ。復習がてら、と言ったところか。宿題はやらざるを得ないし。
 そういえばいつだか清にぃに「未来記ができるならテストにどこが出るか分かるんだろ」と言われたことがある。そう便利にはできていないのが実情だ。ワタシが分かるのは出るか出ないかのレベルではないのだ。たとえば、そう――ワタシが奇会都市の誰かを殺すことになる、とか。
 雨はやんでいないようだ。梅雨寒もやってきている。濡れた学ランを見た。学ランは温度調節に適していないように思う。ちなみにワタシの普段着はほとんど白か黒のものトーンだ。面倒なのでものクロで生きている。
 静かに、雨だけが音を立てて、時間が過ぎていく。宿題は終わったので本を読むことにした。今日読む本は『春琴抄』だ。目玉は痛覚がないから痛くはないはずだが、こういう愛の形は理解できない。
 そもそも。
 ワタシは愛を理解していない。
 家族愛だとか、友情だとか、極めつけは男女の愛。理解しようとは思えない。
 これも――研究所が一因か。花姫は言った、人間は機械のようにシンプルに生きるべきだと。そのために心を必要とはしないだろうと。
「だからね、□□□――あなたに心は要らないのよ」
 ワタシが本名で呼ばれたくないのは研究所を思い出すからだ。あの3人は馴れ馴れしく、と言うよりはワタシを実験動物(モルモツト)のように扱った。ワタシは自分が人間であると未だに信じられない。なぜ、だろう。
『春琴抄』を読み終わったので、次は何を読もうか、と思った時右腕が震え出した。しょうがないなとペンを取り、いつものようにメモ帳を開く。
 こうして、唐突に未来記の自動筆記は始まる。今回の内容は近い未来だった。また誰かが死にかかるらしい。それは澤村瞳子がこの世に残したものが関係あるようだ。
 はて。ワタシはどうすれば良いのか。