奇会的小唄観測

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 ああ、とわたしは思う。目を開けて混乱する。
 ここはどこだっけ? わたしは何をしてたんだっけ?
「良かった。良かった、メーコ……」
 わたしは起き上がる。寝転んだ覚えはないし、手首には包帯やら何やらが巻かれていて、わたし自身病院着だ。白っぽいパジャマなんて持っていない。そして枕もシーツも布団も白い。
 病院、だ。
 そしてベッドの脇に泣きそうな顔をしている有也がいる。
「澤村、わたしなんでここにいるの?」
 全く、記憶がない。
 わたしは御堂の校舎の屋上でイラとともに瞳子のメランコリック・ララバイを読んで、読んで――そうか、それで自殺しようとしたのだ。
「わたし、メランコリック・ララバイを知っちゃったんだと思う」
「ええっ」
「ごめんね澤村」
「いきなりリスカって聞いたから何ごとかと」
「うん……」
「瞳子の死んだ場所にあったのか、メランコリック・ララバイが」
 わたしは頷いた。
「奇会都市から抜けてくれよ」
「危ないことしてるわけじゃないから」
「リストカットは危ないことじゃないのか?」
 それはそれ、なのだが。
「とにかく、死ぬな」
「まだ生きてるよ」
「あ~、起きたねぇ」
 窓から侵入者があった。幸い今は雨ではないらしく、キャスター付きの旅行鞄に乗った梨希がいた。薄い青のワンピースは梅雨と相まって夏向きだ。
「梨希さん」
「メーコちゃん、お加減いかが?」
 病室に入って魔女更科梨希は鞄を床に置いた。浮遊する旅行鞄だ。有也は目を白黒させている。
「魔女って、梨希さんって、清にぃの彼女……」
「もうすぐ妻になる予定よ」
 わたしの中で予想済みだったので大して驚かなかった。危ないふたり、くっつきそうな気はしていた。有也は絶句している。
「澤村くん、犯人を追いかけようとするのはやめた方が良いわよ」
「妹を殺されて黙ってろって言う方が無理です」
 有也の言うことももっともなのだが、
「雪村さんに目をつけられたら厄介だから」
「あのヤクザみたいな刑事さんですか? 市民の平和を守る警察に目をつけられるようなことはしてませんよ」
「警察に目をつけられるわけじゃないの。あなたなら一生関わらないことかもしれない」
「どういう、」
 梨希は唇に人差し指をあて、
「奇会都市は知ってるわよね」
「犯罪者集団ですよね」
 微笑んだままの梨希は旅行鞄のポケットからナイフを取り出す。
「わたしはメーコちゃんを殺すかもしれない。メーコちゃんはわたしを殺すかもしれない。そういうことよ、少年?」
「メーコは人殺しじゃない」
「だから人殺しだって」
「嘘だ」
 そう言える根拠はどこにもないだろうに。
「少年、それだけメーコちゃんを好きなんだね。清和さんと似てるって言ったら似てるのかしら。でも犯人は次はメーコちゃんかあなたを狙うわよ。きっとね」
 ナイフがわたしの首もとめがけて飛んできた。壁に刺さる。
「それじゃあ、ご機嫌よう」
 さっとキャリーに乗って梨希は病室を出て行った。
「白陽連続殺人事件の犯人は梨希さんなの」
「聞いてない」
「うん。言った覚えがない。だからわたしも人殺しの手伝いしてるよ。現在記で梨希さんの目撃情報減らしてるし」
「でも、メーコに傷害罪は適用できないだろ」
「それは、そうだけど」
 ずきっと手首が痛んだ。メランコリック・ララバイ、瞳子が作ったそれは立派に効果があったようだ。
「瞳子は奇会都市に入る資格があった。イラさんやわたしと同じように、あるいは奇会都市から距離を置く清にぃと同じように。それは共振かもしれないし、感染かもしれない。だとすると、なんで瞳子は人を殺さずに普通に生活ができたんだろう?」
「メーコ」
「ねえ澤村、分かる?」
 有也はわたしのおでこに手を当てた。
「熱がある。まだ寝てた方が良い」
 リスカしたら熱が出るものなのか。わたしは首を傾げ、
「わたしは元気だよ?」
「怪我人が聞いて呆れる。変なこと考えてないで寝てろ」
 有也は病室を出て行った。
「寝てろったって全然眠くないよ」
 わたしはひとりごち、取り敢えずベッドに横になった。しかし、と思う。わたしはリストカットで死のうとしたようだが、ものの本によれば、手首を切り落とすくらいの勢いで切らなければ出血多量で死ぬことはないという。それだけ未遂率も高い自殺方法なのだ。薬物自殺も未遂が多いと言う。小鳥遊家は健康優良児ばかりなので常備薬はほぼゼロだ、手っ取り早い方を選んだのだろう。
 瞳子も特殊能力を持っていたのかは謎だが、
「……あれ?」
 わたしはひとつ大きな疑問にぶち当たった。
 メランコリック・ララバイを認識した者の致死率は100パーセントを誇っていた。だから内容が謎なのだ。なのになぜ、わたしは生き残っている? なぜ死んでいない?
 もし瞳子が特殊能力を持っていたとしたら、わたしが現在記できるから死ななかったというのは説明にならない。
 幾ら考えても分かりそうもなかった。
 病室はとても静かだ。ひとり部屋は高かったろうに、両親も気を遣ったのだろうか。娘が自殺するなんて夢にも思わなかっただろうし。
 イラに電話してみるのもひとつの手かもしれない。うまく情報をもらえれば――いや、イラが積極的に自分から情報を集めるとは考えがたい。そうすると清にぃに連絡を取った方が良いかもしれない。
 はっとしてスマホを探し、日付と時刻を確認する。日曜日の夕方だった。どうりで暗いはずだ、曇っているせいかもしれないが。ならば清にぃは家にいるだろうから、電話しても迷惑ではないだろう。
 と、思ったが、取り敢えずメールすることにした。忙しかったら悪いし。

 清にぃ、なぜ瞳子は死に、わたしは死ななかったのでしょう?

 たったそれだけの、短いメール。正確に言うとアプリによるメール、チャット? だろうか。すぐ吹き出しの横は既読になる。
「研究所が噛んでるかもしれない」
 謎のメッセージが返ってきた。研究所、はイラに関連しているということしか、わたしには分からない。
「メランコリック・ララバイの内容は覚えてるかい」
 覚えてません、と返信する。
「研究所ってなんですか」
 既読になったが、なかなか次の吹き出しは現れない。清にぃなりに悩んでいるらしい。わたしは察しと勘と記憶力は良い方だ。
「イラさんの育ったところですか」
 既読、沈黙。
「参ったな」
「なんでメーコちゃんがそれを?」
 もちろんわたしは全てを分かっているわけではない。研究所がなんなのか知っているわけではないのだ。
「イラさんが研究所なるところで育ったのは知っています。でもその研究所ってなんですか」
「メーコちゃんの慧眼には恐れ入るよ。弟がなんか言ってたのかな? でもこれ以上は教えられない」
 わたしはスマホを布団に落とした。布団の上なら壊れる心配もない。
「むー……だめか、清にぃ」
 そう呟き、わたしは無理にでも寝ることにした。