奇会的小唄観測

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 しめやかな葬式は参列者がそれなりに来て、瞳子は見送られた。わたしは笑う遺影になんと声をかければ良いか分からなかった。
「瞳子の幽霊なんているわけないわね」
 ああは言っていたが、イラは瞳子の自殺した場所を知っている。わたしも薄々見当はついている。なんとなくはたぶん正しい。
 おそらく。
 瞳子は御堂の屋上で自殺をはかっている。
「小鳥遊さん、寝られなかったの?」
 瞳子の友人が声をかけてきた。あとは帰るばかりの時だった。
「うん。なんか、悲しいっていうか、分かんないけど……ごめんね、先に失礼するね」
 瞳子の友人は訝しむことなく、
「気をつけて」
 澤村家にも挨拶する。
「メーコ、これからどこ行くんだ」
 家族から離れて有也が問うた。有也にしては冴えている。
「別に。ふらっとどっか行く。瞳子に会えたら良いなって」
「瞳子は死んだんだ」
「幽霊、いるかもよ」
 澤村家を出ると、傘を差して突っ立っているイラがいた。結局葬式には参列しなかったようだ。
 ざあざあ雨が降っていた。わたしも傘を差して、歩き出したイラにつづく。
「瞳子と奇会都市の繋がりがさっぱり」
「メーコさんにも分からないんじゃワタシに分かるはずがない」
「嘘。イラさんの方が絶対頭良い。御堂って授業のペース速いし指導要領にないこと山積みだって、うちの妹が嘆いてたもん。今年受験生だからね。それで調べたら想像以上に過酷で心が折れそうって」
「妹さんがいるんだっけ」
 わたしは頷いた。
「奇会都市のことは?」
「話すわけないでしょ。妹はわたしより、以前のわたしよりも怖がりだよ」
 御堂のキャンパスに向かう。小学校から大学まで1箇所に集約されている御堂はとても広い敷地を持つ。首都圏の大学などのようになんとかキャンパスなどと分かれてはいないのだ。
 バスに乗って、わたしもイラも無言だった。ひたすら雨の音が拍手するように叩きつけ、うるさい静寂で満たされていた。バスの乗客も少なく、皆無言だ。運転手が停留所の名前を言うくらいである。
 御堂学園前、というバス停で降りて、わたしとイラは御堂の敷地内に足を踏み入れた。白陽の制服を着たわたしと御堂の学ランを着たイラは、警備員に何も言われることなく通過した。
 部活か何かで来たように見えたのだろう。わたしは何も現在記していない。
「メーコさんはもっとお喋りかと思ったよ」
「澤村の前だとテンション上がってもう少し喋るよ?」
「でも少しなんだね」
 わたしは頷いた。イラは特に表情を変えることなく、「そう」と言った。
「澤村瞳子の自殺現場、ね」
 御堂の校舎は初等部、中等部、高等部、大学などのようには分かれてはいないようだった。出入り口が複数あって下駄箱がそれぞれあるのだろうか。わたしはスリッパに、イラは上履きに履き替え、校舎の階段を上る。
「エレベーターないの?」
「あるけど、他の誰かと一緒になったら、お互い面倒じゃないか」
 イラの言うことももっともだったので、わたしは足が疲れるなあと思いつつ階段を上った。さすが私立、いやエスカレーター式の学校だからか、校舎はなんと8階まであった。
「疲れたよ……」
「良い運動じゃないか」
「わたしは体力ある方じゃないから」
 当たり前だが、屋上1歩手前に関門がある。
 このご時世、屋上へつづくドアには鍵がかかっているのだ。わたしはメモ帳を取り出してさらさらと現在記する。屋上の鍵は開いている、と。他人に見せるのは鏡の中、三日月は黒く黒く塗り潰してそっと中へしまっておくの。
 鍵は音を立てて開いた。
 外は土砂降りである。わたしたちは雨に濡れない、と書いて外に出る。
「何も残ってないね」
「警察が現場検証とかしたのかな」
 イラは珍しく表情らしい表情を見せた。苦々しい、と表現すべきか。
「雪村さんがね、止めたんだよ。たぶん」
「あのヤクザみたいな人、そんなに偉いの?」
 袖に隠れて良く見えなかったが、手に刺青らしきものもあった気がしたのだが。
「意見が通るという意味では、偉いんだろうね」
 イラはいつものつまらなさそうな表情に戻っていた。
 雪村司も謎と言えば謎だ。警察で赤い革ジャンなんて目立って仕方ないだろうに。
 うるさく降る雨に何度も繰り返す現在記。何もない屋上、もちろん瞳子の姿があるはずもない。
「イラさん、何か分かった?」
「椎はメランコリック・ララバイの全てを書いていない」
「どういうこと?」
「師匠が書いたわけでもない。おそらくメランコリック・ララバイは2パターンある。ひとつは弟子、椎が書いたもので、もうひとつは澤村瞳子が書いたものだ」
 わたしには訳が分からなかった。
「今回の勝負は弟子と師匠の対決じゃない。奇会都市と中途半端な奇会の住人の対決だったんだ」
「つまり、瞳子にはなんらかの能力があったってこと?」
「その可能性は高い」
 考えつきもしないことだった。
「で、イラさんはなんで今それが分かったの?」
「こんなものが落ちていた」
 イラが拾ったのはルーズリーフの切れ端だった。床の隙間に無理矢理押し込められていたようだ。
「ワタシは澤村瞳子の文字を見て納得する、という未来記があった」
 ルーズリーフを広げる。
「やはりね。これがメランコリック・ララバイか」
 わたしは見たいと思ったが、ここでわたしが自殺しても意味がない。
「見ないのかい」
 イラは軽い口調で言う。
「だって見たら自殺するんじゃ」
「全部ではないから大丈夫」
 自信のありそうなイラと自分の好奇心に負けて、わたしはイラの持つ紙切れをのぞき込んだ。もう何度目か分からない現在記をする。
「青空はキライ。……?」