奇会的小唄観測

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 わたしはイラと清にぃに別れを告げ病院に向かった。
 1階のロビーには頭を抱えた有也がいた。ここは白陽大学の付属病院である。御堂大学も付属病院があるため、地元民はそれぞれ「白陽病院」「御堂病院」と呼び分けている。
 白陽病院に、瞳子は運ばれたらしい。と、聞いていた。
「澤村」
 隣に座ってそっと声をかける。有也はだるそうに頭を上げ、
「ああ……メーコか」
 疲れた老人のような声で答えた。
「瞳子、は」
「本当に死んでるのか分からないくらい綺麗な遺体だった。医者曰く尻から落ちたから損傷がなかったんだって。最期、あいつは何を思ったんだろうな」
 瞳子は何を考えて屋上から落下したのだろう。しっかり者の瞳子は、死ぬ間際まで謝罪の言葉でも繰り返していただろうか。
 わたしとて悲しくないわけではない。
「犯人、分かっててやってるからね。澤村のこと」
「メーコは犯人を知ってるんだったな。ただの自殺じゃないんだろ? なんでそいつにおまえの友達を殺すなって言わなかったんだ?」
「瞳子じゃなかったら良かったの」
 自分でも驚くほど冷たい声だった。
「人間の生命の重さは皆平等でしょ。だから瞳子以外の誰かが殺されても周りの人は悲しむよ。それなのに他の人だったら良いなんてそんなのまちがってるよ」
「そう……そうだな」
「瞳子の葬式っていつやるの」
「明日通夜。明後日葬式」
 わたしは少し考えて、
「行っていいのかな、わたし」
「来いよ。友達だろ」
「それも、そうだね」
 友達の葬式に出るくらい、不審がられる話ではない。
「わたしは澤村のそばにいる。たぶん、ずっとね。わたしと澤村、どっちが死ぬの早いかなぁ。わたしが澤村のこと殺しちゃうのかなぁ?」
 有也には聞き捨てならなかったらしく、
「俺は善良な一般市民だからな」
 わたしから目をそらし、
「聞かなかったことにする」
「澤村は優しいね」
 奇会都市にいる限り、わたしは犯罪者でしかない。誰が突然犯罪者になるか分からない世の中だと言うのに。
「瞳子は霊安室だよね」
「ああ。父さんと母さんは家で通夜やら葬式やらの準備と手配に追われてるよ」
「明日、澤村家に行けばいいんだよね」
「おまえいつの間に俺の家がどこにあるか知ってたんだ?」
「わたしの記憶力を侮らないでね」
 有也は腕組みをし、
「なぜそれで勉強ができない」
「だって手ェ抜いてるもん。あと苦手なのもあるし。数学とか」
「どちらにしろ羨ましい限りだな……」
「じゃ、わたしは帰るよ。明日学校休むよね? プリント取っておくようにクラスメイトにメールしとくと良いと思うよ」
 有也の言いたいことは分かる。それどころじゃないんだよ。でも身震いするほど恐ろしいこの日常はそんな事情なんてお構いなしなのだ。
 わたしは白陽病院を出た。
 誰か知ってる人に会うかな、と思ったが、雨が降り出したくらいで面白いことはなかった。
 翌夕方、わたしは澤村家にいた。有也の両親はひとりっ子どうしらしく、親戚は少なかった。瞳子の友達数名が目をまっ赤にしながら制服で来ていて、わたしは居心地悪く泣いたフリをしていた。
「小鳥遊さん、瞳子と仲良かったよね」
 知らない子に話しかけられ、わたしの戸惑いは頂点に達した。
「は、はい。そ、そうだけど」
「遺言があるの」
 渡された茶封筒には瞳子の字で「メーコへ」と書かれていた。
「ごめん。ありがとう」
 言ってわたしは涙ぐんだ。
「遺言はこれしかないみたいで。良かったら見せてくれない? 1回、目を通してからで良いから」
 わたしは頷いて、茶封筒を開封した。

   メーコへ
  にーちゃんをよろしく。
  それから、他のメンバーにもよろしく。
  奇会都市の今後の活躍を祈って。
    瞳子

 わたしの驚きについて説明する必要はないだろう。なぜ瞳子が奇会都市を知っているのだ? 犯人が教えた? それとも……。
「小鳥遊さん、他の人には見せられない内容だった?」
 遠慮がちに訊かれ、わたしは、
「なんか、よく分かんないけど、たぶん瞳子はわたしにだけこれを読んで欲しいんだと思う」
「そっか。うん、分かった」
 通夜の後、わたしはイラに電話した。
『澤村瞳子が奇会都市を知っていた? それは奇妙な話だね』
 珍しくすぐ電話に出たイラは、あまり不思議に思っていないような声で応答した。
「椎くんが言ったんだと思う?」
『弟子が言う理由も不明だね』
 そうなのだ。靖人が積極的に奇会都市の話をするとは思えない。
「澤村は言わないよね」
『言わないだろうね。アナタから聞いた話だけで判断するなら、澤村有也は妹に血なまぐさい話をしたがらないように思う』
「わたしから見た澤村だから、清にぃからも聞いた方が良いと思うけど。でもそれにしたって、瞳子が遺言した理由に繋がらないよ。自分が自殺するって分かってるわけでしょ。他のメンバーにもよろしく、って」
 電話越しでもイラが思惑しているのが分かった。
『澤村瞳子が自殺した場所は分かるかな?』
「過去記なんて能力はないよ」
『そうだね。ワタシにも分かることは少ない。明日は土曜日だったね。葬式の後に行ってみようじゃないか』
「イラさんもお葬式来るの? 瞳子と面識ない人は来ても意味ない気がするけど。澤村の知人でまかり通るかな」
『なんとでも言い訳は立つ』
「イラさんの顔整ってるから目立つよ」
『目立つものに対してこそ人間は無関心になる』
 イラは時々哲学的なことを言う。それが実体験に基づいているのかは分からない。ただイラの場合、他人事で言っているようにしか聞こえないのだ。
『なんなら、現在記で間柄を書き換えてくれても良いが?』
「そうね。面倒だから知人で通しといて」
 他に2、3言葉をかわして、わたしは電話を切った。